91話  ササ濁り


 秋になると秋雨前線や台風の影響で雨の日が多くなり、川の水位が上がって茶色に濁り、釣り師にはつらい条件となる。その一方で、水温が低下し、魚は活性化して中流上流へと遡上する。秋のイトウのコンディションはきわめて良好だ。

釣り紀行文を読むと「ササ濁り」という言葉はよく登場するが、実際にどのくらいの濁度なのかは分からない。泥のまじった茶濁ではないが、水中が肉眼で見通せる透明でもない。その中間のどこかである。私は、川が薄茶色の色合いで、30センチほどの透明度であれば、「ササ濁り」と呼んでいる。

ササ濁りが川釣りにはなぜよいのかは、はっきりしている。ササ濁りは、雨や雪解けによる増水から平常水位に減水しつつある時期に現れる現象で、水温は低下し、魚は活性化し、なおかつ魚から釣り人が見えないので、警戒心が希薄なのだ。

ササ濁りでは、大河ではなかなか釣りづらい。広い場所では魚は疑似餌を見つけてくれない。ところが中小河川なら、魚は音・水圧・動くものにすぐ反応する。したがって、中小河川が主な釣り場となる。

いまは、インターネットの河川情報という便利なサイトがあるので、ある川の平常水位を知っていれば、どのくらいの濁度かはある程度判断が可能だし、石狩川・十勝川・天塩川などの大河なら水質観測所の濁度まで教えてくれる。本当に親切だ。

前述のように、ササ濁りの場合は、大河は捨てて、中小河川とりわけ上流部を選ぶ。増水で魚は遡上しているから、幅2mの溝のようなところにメータークラスがいたりする。瀬が激流と化して容易に遡上できない状況のときには、その下にいる。したがって、小さな川でもメーター仕様のタックルで挑むことになる。

私が大雨後、かならず出かけるポイントがある。そこは増水すると魚がどうしても遡上できない魚止めの滝になる。その下に確率高くメーター級の巨大魚が定位している。ルアーを投入するとほぼ100パーセント食いつくが、魚のパワーと激しい水勢のため猛烈な力がラインにかかり、どうしてもラインブレークの憂き目に遭う。釣り座が一ヵ所しかなくいまのところ、どうやって対処していいのか分からず、悔しい目にばかりあっている。ラインをもっと太くすると今度は竿が折れるのではないかとも心配している。しかしこういうポイントは、大雨後の大きな楽しみでもある。

増水の中での釣りのこつはある。魚は、どんなに増水して、川が波打ち、渦を巻いても、ふだん居る場所に踏みとどまっていることが多いのだ。だから、抹茶色の川であっても、平常時の魚つきポイントは、かならず探ってみることだ。

9月なかばの敬老の日、私は川へ出かけた。川はその2日前の大雨で、増水・茶濁して釣りにはならない状況に陥ったのだが、徐々に減水し、当日はササ濁りで水温14℃台というイトウ釣りには絶好のコンディションとなった。

川はまだ怖いほどの水位なのだが、ひと目見て、流されるほどの状況ではないと判断すると、私は川の中に立ち込む。竿を振ることはできるが、自由に移動する余裕はない。本流に枝沢が合流するポイントに立ち、下流方向へ遠投して逆引きしてくると、ゴンとヒットした。ササ濁りとはいえ、濁っているのだから、魚が浮上するまでその姿は目にできない。まだ見ぬ魚の手ごたえを感じながら、じわじわとラインを巻き上げる喜びは、なかなかのカタルシスである。たぐり寄せてタモ入れしたイトウは75pの良型であった。

1匹釣り上げると、まだまだササ濁りの水中にいることを確信し、その界隈を丹念に探ると、やがて63pが瀬からでて、56pが流れの強い渕からヒットした。こうして、ササ濁りの中で、2時間ばかりの間にイトウ3匹をキャッチした。

「ササ濁りに乾杯」