第89話 川の研究 |
イトウ釣りは基本的に湿原の川で行なう。イトウがそこに居るからだ。しかし、川には当然ながら源流から海までの長い流域があり、どこで釣りをするかは、釣り師の好みによる。大物だけを狙う釣り師であれば、上流も中流も捨てて、とうとうと流れる下流から、河口部を探ればいい。ほとんどのイトウ釣り師はこの区間でやっている。河口部をすぎて、海の海岸で竿を振る人もいる。ヒットすれば、70pは下らない。私がコンスタントに釣っている30〜50pの中学生や高校生イトウはまず見ない。ちょっと大物というのは80pアップとなり、日本の川釣りではトップクラスのターゲットとなる。一般にイトウ釣りというものは、背の立たない深さの川で、あまり移動することなく、一投入魂のフルスイング・キャストを繰り返すものだと思われている。 いっぽう、イトウ釣りには中小河川を留まることなく移動しながら、ポイントをひとつひとつ攻める方法もある。好みにもよるが、私はこのやり方のほうが断然おもしろい。移動するには、さまざまな障害物を乗り越え、避けながら原野をたどっていく。樹林が生い茂り、鳥が鳴き、突然に野生動物が飛び出すこともある。イトウのたまるポイントは、たまに出現する。そこだけは慎重かつ大胆に、あらゆる方向から攻めるが、ポイントをつなぐ面白みのない流域は適当にながしていく。あまりにも早瀬、水の動かない渕はパスする。 他の釣り師に遭遇することはほとんどない。当然だ。私はそういうところを選んで入釣しているからだ。釣法は状況にあわせたさまざまな技法を駆使する。オーバーヘッドのオーソドックスなキャストから、アンダーハンド、バックハンド、真下に垂らすなど各種がある。釣り座も、水中の立ちこみ、陸上からの投げ込み、木にもたれたり脚をからめたりの変則もある。行き当たりばったりでなんでもやる。 私は地元の釣り師である。釣りは5月から12月まで8ヶ月もできる。だから焦ってポイントばかり探る必要はない。時間が限られるとそういうスポット釣りに走るが、ふだんは、名前を付けたルートを、ひとつひとつ2時間以上かけてたどるやり方だ。こうやっていると、各ルートで1匹くらいは釣れる。つまり釣魚の見込み計算がたつ。 ただ上記を繰り返していると飽きる。マンネリ化する。そこで、自分の実績のまったくない川の研究を1年くらいかけてやる。イトウ釣りのできる区間をズドンと全部自分の足で歩いてみる。背が立たない区間は高巻くしかないが、原則として川中をゆく。川の水位は非常に重要で、現在は「河川情報」という便利なサイトもあるので、参考にしている。「河川情報」のない川の場合は、付近の川の同じくらいの標高の水位観測所のデータを参考にする。ある水位の区間を川中突破できるかできないかは、きっちりとデータとして残し、野帳に記録しておく。どこに中州や川原が出現し、どんな流倒木が横たわるかも記録する。川の水深地図ができたら、その川の釣りはもう自由自在である。どこから入釣し、どこから脱出してもよい。あとは、毎年歩いて年ごとに補正してゆけばよい。 ある川を2006年7月から1年間かけて研究した。最後に、非常に有力だが遡行困難な区間が残された。そこを先日、減水期を選んで探検した。川原のある浅瀬から200mでドン深かの渕となった。水深はつま先立って胸まである。これ以上進んだら身体が浮いてしまう。 「ここは必ず大物が居ついている」 信じて疑うことなくフルキャストしたルアーが着水するやいなや、ゴボッと音がして、魚が食いついた。右左右三回の激しい首ふり。間違いなく大物イトウだ。 こうして夢のような時間が過ぎていった。 川の研究は、釣り師の基礎研究だが、きっちりやれば自分独自の釣り場が開拓できる。他の人が知らない大場所を3つ4つかかえていれば、いつまでの幸せなイトウ釣り師でいられる。 |