83話  パソコン


 パソコンはイトウ釣りとは本来まったく無関係である。しかし、私にとっては、おおいに関係があり、パソコンが故障すると私という釣り師は大変なことになることがわかった。

 まず私は、「イトウおじさんの話」をノートパソコンで書いていて、バックアップも取らずに同じパソコンに第80話まで保存していた。毎年のイトウの釣果とさまざまなデータもそうだ。写真もかなり保存してあるし、プレゼンテーション用のパワーポイントも保存してある。もしパソコンが二度と立ち上がらなかったら、私のイトウの業績はかなりの部分は灰燼に帰すことがあとで分かった。

その大事なパソコンが、先日故障した。最初は、Wordのちょっとした不具合からはじまった。すぐ直るだろうとおもって、自分であれこれいじっていたところ、どんどん状況が悪化して、ついに基本ソフトが立ち上がらなくなった。祈る思いで、セーフモードから立ち上げたが、すぐにダウンしてしまい、それきりうんともすんとも言わなくなってしまった。その時点になって、はじめて私はこのパソコンにかなり大事な複数の文書を保存していることに気がついた。どうもひとはパソコンで自分の能力を超えた故障に遭遇しても、自力で直そうと無駄な努力をしていっそう事態を悪くしてしまうようだ。やけくそが、徐々に絶望感に変わっていく。後悔も山ほどした。そういうときは、まず自分よりパソコン能力が明らかに上の人物に相談すべきなのである。幸い、私の職場にはその手の人がいた。彼の知り合いで、病院の業務用コンピュータを維持するプロが来てくれた。

「ハードディスクが故障したのでしょう。ディスクを交換すれば元通りになおります」と力強い言葉。

「二三日預かっていいですか」と器械を持っていき、二日後には機能が回復したパソコンを届けてくれた。

「ハードディスクは発注しましたので、着き次第入れ替えます」との自信に満ちた言葉。さらに「データはすべて大丈夫でした」と、神様のようなありがたい言葉だった。

こういった突発事故に遭遇すると、自分がいつの間にか一台のパソコンにかなりの仕事を集中させていたことに気がつく。これは、ひとりの有能な秘書くらいの仕事をしてくれている。その割には大事にしてやらなかったなあとおもう。もっとこまめに気遣いをし、仕事を減らしてやるべきであった。パソコンは新品で20万円ほどの品であったが、長い時間をかけて貯めこんだ内容は金額には換算できないものだった。

パソコンの故障で冷や汗をかいた私がまず行なったのは、マイドキュメントのバックアップであった。魂を一部コピーしたのだ。これで心底ほっと安堵した。つぎにくだらん個人情報を消去することであった。これもパソコンの故障を見越して、やっておかなければならないだろう。

私はわりにマメな男で、防備録や各種記録を取っておくのが好きなのだ。古い日記帳や、もうどうでもいいような大昔の年賀状を後生大事に残しておいたりする。セピア色した子供のころの写真などは絶対に捨てない。小学校の通信簿なんかもしっかり保管している。その代わり、どこになにが保管されているか、すぐに分かるし、取り出すこともできる。

10年前の57日に、お前はどこでなにをしていたか」と刑事に問われれば、1時間以内に、しかるべき記録を探し出したうえで、答えることができるだろう。つまり、アリバイをしっかり証明できるはずだ。

パソコン話から外れてしまった。自分の人生の記録をパソコンに仕舞い込んではいけないとおもうが、パソコンに手早く打ち込んでから、バックアップを取り、パソコン本体から不要なもの、危険なものを消去するのが一番の得策であろう。

私はイトウ釣りのデータもパソコンに残しているが、一番大事な、しかも他人には門外不出の「どこで釣ったか」という情報は、バックアップして、どこかに隠しておくことにしよう。