82話  釣り場偵察


 春の雪解け増水のころから平水位に落ち着くまで、私がこころがけているのが、まだ知らない釣り場の偵察である。

宗谷にはすでに丸18年間以上も住んでいて、あちこちの川にも偵察に行ったが、いまだに足跡を残していない川がたくさんある。河畔の木や草の丈が高く伸びてしまうと、川の様子を探ることは岸辺からは困難になってしまうので、春先のこの季節に釣り場偵察をやるのが恒例となっている。

 新たな釣り場が、まだ行ったこともない深山幽谷とは限らない。いつも通っている道沿いのちょっとした小場所であったり、目の前に人家が建つ街中であったりもする。

 ことしも私は田園を流れる川のほとりを、8ft竿を持って歩いた。

 「ここは歩いたことがなかったなあ」と右岸を下っていったところ、早瀬がしだいに落ち着いた遅い流れとなり、長くて深い谷となった。さらにそこへ左岸からせせらぎが流入して、いっそう深く、広い大渕となった。

 「これは掘り出し物だ。こんなところに大場所があったなんて」

 樹木が茂ると、ここはどこからも見えない幻の大場所となるに違いない。あたりの風景を詳細に眺めて、メルクマールになる山や大木を確認し、すぐに野帳に記録する。こういう作業はまさに探検なのであり、私がもっとも好む仕事なのである。宗谷のあちこちを歩き回って発見した大場所の数々は、十冊以上の野帳に克明に記載されて釣り師高木知敬の財産となっている。とくに有力な場所には、即座に名前を付ける。「ボディコン」「三日月」「裏窓」などなど他人には決して分からない命名である。

 本波幸一名人とのイトウ談義でも、なぜここに巨大魚が集まるのかという講釈がかならず出てくる。彼の大切な釣り場の意味するところをここで明かすわけにはゆかないが、彼はポッと偶然にその場所を見つけたわけではないことは確かだ。彼もさまざまな推測を重ね、地道に長い長い距離を偵察し、ときには実地に竿を振って、ポイントを自分で開拓してきた。「釣れると評判の場所」や「車から手近かな場所」ばかり渡り歩く釣り人には考えられない努力をしている。

 5月下旬の釣り本番のころになると、すでに河畔の樹木が生い茂り、簡単に川の様子をうかがい知ることができない。それでも釣り場探検の知識で、この辺から川に降りるといいと分かっているので、ためらわずにヤブをこいで川に立つことができた。

 そこは雪代のころとはちがって減水し、両岸が削ぎ落ちたいっそう魅力的なポイントを形成していた。青緑の深い渕は、神秘的な雰囲気を漂わせ、いかにも大物イトウが川底から眼を光らせているようだ。渕頭の流速の早い部分の巻き返しの底がとくに居つきそうだ。

 「これは絵になる。阿部が喜びそうだ」

私は、さっそくこの渕の下手から川に入った。川の水が意外と澄んでいるうえ、私が最近偏光グラスをかけているので、水中の様子がよくわかる。

 深く潜るタイプのルアーにとりかえ、一投した。キャスト一投目がもっともヒット率が高いが、案の定予想通りのところから魚が出現した。しかし、水が透明すぎて、魚が私を視認したらしく、近くまできてUターンして去っていった。もう同じキャストをなんど繰りかえしても無駄であろう。

 そこで、私は一計を案じた。川から陸に上がり、渕上の切り立った岸から逆引きで挑戦することにした。ルアーも色を変えてみた。素性の異なる餌魚にしたのだ。

 渕頭へ上流からルアーを流し込み、ゆったりと、泳がせたり停めたりしながら引いてみた。まもなく、スローモーションで竿がグニャと曲がった瞬間、待ってましたと合わせを二発くれて、魚を竿に乗せた。

 魚は5月にしてはギンピカのオスのイトウで62pの中型であった。

 雪解けころに偵察した成果がシーズンイン直後に生まれると、ことのほかうれしい。なぜならその場所は、結氷まで何カ月もドル箱となるからだ。