79話  人生の達人


 私の知人には、人生の達人が何人かいて、私の目標になっている。人生の達人、英語ならMaster of Lifeとでもいうのだろうか。人生の達人は、地位や名誉や財産をもっているわけではない。しかし、その人生が傍からみてきわめて魅力的だ。

 南極越冬3回のT氏。彼は大手電機メーカーの社員だったが、希望して3度南極観測隊の越冬隊員として南極に赴き、疲れを知らぬ仕事ぶりで傑出した業績を残し、信頼を集めた。帰国しても国内で働くかたわら開発途上国の発電所立ち上げプロジェクトなどに参加し、それぞれ見事に事業を成功に導いた。60歳で定年退職したが、その年、中古ヨットを購入し、それで日本一周の航海にでた。稚内港に来たときは、私と旧交を温め、うちにも泊まってくれた。彼は仕事であろうと、趣味であろうと大真面目に真摯に取り組み、きっちり資格と技術を身につけ、驚くような成果をあげる。なにが彼をパイオニアワークに駆り立てるのかは知らない。彼はこの他にも登山家であり、ボクシングの素養もあり、ランニングをさせても8歳年下の私より速く走る。私はT氏を人生の達人とみて、尊敬している。

 私の北大山スキー部の先輩で、植物写真家のU氏。彼は農学部を卒業したが、一度も就職をしたことがない。以前から趣味の写真が本職となった。しかし、彼は学者でもある。北海道の野山を歩き回り、自分の足でくまなく野草を撮影した。売れ口の高山植物ばかり集めて図鑑にしたような底の浅い本はたくさんあるが、彼はもっと地道に撮りつづけた。撮りためた写真で飯が食えるようになったのは、40歳も近くなってからのことだ。それから、北海道きっての植物写真家として一気に花が開いた。つぎつぎに出版される著書は、あっという間に30冊を超えた。彼がはじめて発見し、学名に彼の名が付いた植物も2種類ある。彼はいま、道内の山歩き、植物観察の人々のあいだでは絶大な人気を誇るスターであり、その講演会は常に満員状態となる。先日、講演会場の最前列に座って拝聴したら、隣に座るおばさんは、彼が提示するスライドをもれなくデジカメで撮影し、音声もまるごと録音していた。もう還暦を迎えた彼はいつも若々しく、飄々としているが、その足はがっちり地に着いている。

 私は職業をいくつも持っている人や、趣味が本職になってしまった人が好きである。なぜなら、前者はあり余る多彩な才能を上手に活かして、日夜変身し、人生を楽しんでいるわけだし、後者はまったく自分に偽らずに生きているからだ。

 さて、自分は人生の達人になれるだろうか。私は達人はまず自立しなければならないと思っている。いつもヒトの世話になっている達人はいない。そのためには、きっちり技術と資格を保有して、自活しなければならない。なんとかそれはできている。

 達人は人生を豊かに過ごすためのマルチタレントの持ち主であるべきであろう。いくつかの得意技がなければならない。それも文武両道が望ましい。物を書き、しゃべり、表現する能力と、身体のアクティビティで表現する能力をあわせ持つことだ。

私は室内の作業とアウトドアの作業を両方ともやっている。だからマルチタレントの素質はある。

 私は人前で1時間以上しゃべれる得意分野を5つはもちたいとおもっている。いまは、医療・南極・イトウの三題である。まだふたつ不足している。将来それを修得したいとおもう。

 人生はたかだか80年ほどしかない。人格形成まで20年かかるから、残りは60年。そのうち最後の10年はパワーが落ちてくるから、正味50年である。これをどう使うか、なにを成すかということになる。

 あんな人生をおくってみたいと他人からうらやましがられる人生を探してみたいとおもう。