第59話 アクシデント@ |
宗谷の森や湿原を歩きまわって釣りをしていると、ときどき予期せぬアクシデントに見舞われる。そういうときに独りでどうやって危機を脱出するか、これはアウトドアマンとして命にかかわる大事なことである。私もイトウを探して徘徊するうちに、さまざまな危機に陥ったことがある。私と同じような釣りをする人の参考のために記しておこう。アクシデントといっても各種あるので、まずは命にかかわるトラブルについて、書いてみる。 <動けなくなった> 湿原の奥地や深山幽谷でなにかアクシデントが発生し、自力で動けなくなった場合である。これは大ピンチである。なぜなら、山中では携帯はたいてい圏外で連絡のしようがないからだ。私は経験がないが、こういう事態も想定して、非常用食料、防寒シート、水のろ過器、ライターはフィッシングベストの中にもっている。本人の家族から警察に捜索願いが出されるのが1日後として、最低2日間はもちこたえなければならない。自力ではどうしようもないので、耐えて救出を待つしかない。 <ロストポジション> 山菜採りの老人がよくやるアクシデントで、準備をしっかりし、慌てなければ死ぬことはないトラブルである。しかし準備をしっかりしている人は、こんな事態にはまず陥らない。森や湿原を突っ切って川に達するのはそう難しいことではないが、その逆の帰還は容易ではないことがある。そういった川に入るときは、最低地図と磁石はもつべきである。そして、進行方向だけではなく、なんども振り返って帰路の風景を頭に叩き込んでおくこと。 もしヨシ原や根曲がりササの密集地で自分の居場所が分からなくなったら、まずは川に戻るべきである。ふりだしに戻って、冷静になって一から出直しするのがよい。それもできなくなったら、むやみに動かず、木があったら迷わず登ること。高みから眺めると一気に解決することが多い。五感を研ぎ澄まし、川のせせらぎの音、林道の自動車の音、太陽の光、風の流れなど総合的に参考にすること。夜になってしまったら、絶対に動かないで朝を待つ体制にとりかかること。 <川に流される> 釣りをしながら川に転落するか、川中を歩いて深みにはまった場合だ。大河の中に浮かんでしまった場合は、もう取り返しがつかないので、知っているすべての神様に祈るしかない。中小河川の場合は慌てなければ助かる。現になんどもそういう目に遭った私がまだ生きている。私がなんども書いているように、インフレータブルライフジャケットの着用、容易に浸水しないピッチリしたウエーダーがあれば、まず大丈夫である。人は川に浮かんでも、首が出ていれば呼吸ができるから、生きていられる。泳ぐことはまず不可能だから、浮きながら流されながら、周りを良く見て、上陸できるところを探すこと。かならず浅いところ、つかまる木がある。慌てるなといっても無理だが、なんとかなるから希望は捨ててはいけない。「イトウおじさんの話 第38話」を参照されたい。 <ヒグマ> 私は川で突然ヒグマに遭遇したことはない。やばいところに入るときには、熊スプレーとボウイナイフをもっている。しかし、いざという場合冷静に使えるかどうかは分からない。誰かに聞いたことだが、ヒグマに「くまさんくまさん、お家にお帰り」と語りかければよいと。そのうちに人も冷静になるという。「イトウおじさんの話 第41話」を参考にしてもらいたい。 <ヤチナマコ> 湿原泥炭地に点在する小さな底なしの穴のことである。そうざらに見られるものではないが、宗谷ではM沼の木道の端から左に行くとある。現に私は落ちた。幸い底なしではなく、底はあったが、まことに脱出しづらい。周りにとっかかりがないからだ。幸いそのときは長いタモを持っていた。それをヤチナマコの直径に橋渡しして、つかまって脱出した。ギャフを突き刺して、それを取っ掛かりにすることも可能だろう。それよりもなによりも、落ちないように細心の注意をして、ロッドなどで丹念に探りながら歩くべきであろう。一見、なにも問題のなさそうな水草の茂る水溜りが、じつはヤチナマコで、みごとにストンと落ちる。 <泥ねい> どろどろの沼沢地に踏み込んで、両脚が泥深くに沈んでしまった場合である。これはけっこう慌てる。身動きができないからだ。とくに小さい水路を跳び越えようとして失敗した場合に泥ねいに突き刺さる。釣り人はたいていウエーダーをはいているので、ウエーダーから脚を抜くことも容易ではない。必死で脚を泥から抜くしかないが、手に木の枝などを持っていると支えにはなる。重いフィッシングジャケットなどは脱いで、すこしでも身軽になること。ロッドはなにかにつけて探索棒として役に立つから、捨ててはいけない。 <土手落ち> 本来これは交通事故であるが、林道や農道で車が土手から落ちてしまった場合である。私は釣りに行って、二度土手落ちした。自力では復帰できないし、JAFに頼んでも強力なレッカー車をもっていない業者が多く、あらためてレッカーを依頼しなければならない。問題は傾いた車から脱出する方法である。レッカー業者から聞いたことだが、ドアが簡単に開くからといって、下側になった方のドアを開いて脱出するのは危険である。ドアから外に出たとたんに車がゴロンと倒れて下敷きになるからだ。重くても上側のドアを蹴り上げて出るべきである。ちなみに猿払川界隈で土手落ちし、稚内からレッカー車を呼んでレッカーしてもらうと、5万円かかる。 以上のほかにもさまざまなアクシデントがあるにちがいない。痛い目に遭ったみなさんに、経験を掲示板に書き込んでいただければありがたい。 |