348話  増水

 

 8月末の朝だった。地元の川ではなかなかイトウがヒットしなかった。河川水位を見ると、絶好の状況の川があった。ちょっと遠いが、行ってみるか。峠を越え、源流の川を見ながら、坂道を下る。交通量が少ない。人家もない。ナビでは、河川がすぐ道路わきを流れている。しかし、ここはヒグマの巣だ。もうすこし里の匂いのするところまで、下ろう。

 最初の行きついた釣り場は、人家も見える里である。二番草の刈り取りも終わっていた。牧草地のはじに車を停めさせてもらった。熊鈴をシャリンシャリン鳴らしながら、川に向かう。先日の記録的な大雨増水の痕跡がある。川面から牧草地近くまで河畔の草木が寝ているのだ。つまり濁流が斜面を流れたあとだ。もしかしたら、イトウは牧草地の上を泳いでいたのかもしれない。

 さて、実釣の開始だ。水温14.8℃。川は思いのほか流速が速い。濁りも強い。まずは、テトラ帯の右岸から下流方向に投げながら、釣りくだる。レンジバイブで川底を探りながら、魚信を待った。なかなか出ない。そこで、今度は、釣り昇りながら、上流方向に投げて、川底を転がす。元の場所に戻りついて、これが最後のキャストをくれると、着水の瞬間にドスッとルアーが停まった。食ったのだ。イトウは、川底ではなく、水面直下にいたのか。

イトウはなかなかの良型だが、なにしろ流速が速いので、竿への抵抗が大きい。下流にもっていかれそうになり、両手で必死に耐えながら、少しずつ岸辺に近づけた。ただ、立ったまま魚をすくおうとしても、取り込みには、タモ柄の長さが足りない。そこで、川辺に座り込んだ。ギリギリの長さだ。左手で竿を立て、右手でタモを操り、水圧に逆らいながら、ドッとイトウを取り込んだ。75㎝、5.5㎏の良型だった。

つぎの釣り場は、ドン深の渕だった。釣り座が水中に沈んで、しかも濁っているので、怖くて前へ進めない。及び腰のキャストであったが、魚信なしに終わった。

最後の釣り場は、おそらく、この水系で一番安全な瀬である。瀬からプールが広がる。右岸はテトラ帯、左岸は一部砂浜となっている。こんなたやすいところにイトウがいるかと、いぶかるが、案外増水時には、ここにいるのだ。水温15.9℃。ここは、コンタクトDで、気持ちよく遠投をする。GoProのスイッチを入れた。日差しが強くなり、汗が噴く。淵頭から探りつづけ、最後に渕尻方向に遠投して、ゆっくりと曳いてくると、竿がグニャと曲がった。居たのだ。渕だから、水流もそれほど強くない。たやすく引き寄せた。砂浜だからずり上げればいいものを、GoPro撮影のため、わざわざ立ち込んでタモ入れしようとして失敗した。魚が掛かっていない腹フックがタモ網にからみ、魚が入っていないタモごと、一塊にしてずり上げるカッコ悪いランディングであった。このイトウは70㎝、4.3㎏であった。

もうなんの未練もなく、釣り場をあとにした。なにしろ最近にない良型2匹の釣果なのである。私は鼻歌まじりで、帰路につき、人気パン屋で好きなパンを買い込んで、意気揚々と稚内に帰還した。