347話  川底

 

 イトウが居るはずなのに食わない。そんな午後であった。

金曜から土曜にかかる夜半に大雨が降った。土曜は大増水になり、川は膨れ上がって釣りにならなかった。日曜は期待していた。夜明けてすぐ川岸に立ったが、まだ流速は速く、渦をまいて、イトウが出るには早すぎた。そこで、他の水系に移って、4か所で竿を振ったが、まったく魚には相手にされなかった。昼前になって、戻ってきた。

朝には、水がひたひた被っていた釣り座が水上に出た。泥で滑るので、そこへ滑り止めにイタドリの葉っぱを数枚敷いた。水温は18.3℃だ。背後のイタドリにタモをもたせかけた。GoProをセットした。これで準備完了。

居るはずだ。まずは、コンタクトDをセットして、投げた。26グラムあって、プラグなのに遠投が効く。しかも、ひどく派手なヒラ打ちをして、イトウを誘う。しかし、その日は、期待したドカンというヒットは得られなかった。川底にいるイトウからルアーが見えないのか。

つぎに私の定番のレンジバイブ80シングルフックに交換した。重いので、遠投ができ、しかも底を這わすことができる。シングルフックだから、根掛かりが少ない。掛かっても、外せることが多い。

 私の釣り場は、狭い。3分もあれば、探り尽くしてしまう。まったく魚信がないからといって、イトウが居ないとは断定できない。やる気のないイトウ、警戒心の強いイトウだっているはずだ。ルアーを投げているうちに、新たな1匹がやってくる可能性もある。もうすこし粘ってみよう。

 私は好きな釣り場は、徹底的に探るので、どこが深く、どこが浅いか。根はどこにあるのか。いつも魚がヒットするパターンはどうなのか。分かっている。ロッドとリールの操作で、さまざまな動きを演出してみる。ルアーの投射だけではなく、たんなる垂らしで八の字を描くこともある。

入釣から50分たった。そろそろ引き上げるかと思いはじめた時であった。上流側3mにポトンとルアーを落とし、底を取り、スイーと引っ張った。コンと軽い抵抗で、ラインが止まった。と思ったら、水面下にギラリと光る物体。「なんだ?」と思った瞬間、それが走った。「居たのか!」

 もちろんイトウのヒットをひたすら待っていたのだが、こんなに前触れもなく突然出るとは思わなかった。あとは、至福の時間。96の軟めのロッドが、「大丈夫か?」と案じるほど曲がった。まさにヘアピンカーブを描く。ロッドが、グングングンと3段引きで絞られる。必死に戦っているイトウの生命感がもろに伝わる。それでもわずか1分ほどで、イトウは水面に浮かんだ。なかなか良いサイズだ。バラシたくない。ゆっくりとタモを入れて待ち、1回目は嫌われたが、2回目におだやかにすくい込むことができた。

イトウは、82㎝で7.2㎏であった。最近では、うれしいサイズだ。下顎に掛かった強靭なシングルフック1本にひたすら感謝した。

 このイトウは、いつから私の足元の川底にいたのだろうか。おそらく、入釣した時点で、すでに居たのだ。それが、どうしてなかなか食いつかなかったのだろうか。まことに疑問だらけだが、釣り人の私も、どうして粘りつづけたのか。やはり、ヒットの予感があったとしか思えない。