第346話 雨後の合流点 |
|
8月初旬の朝、下流部の3か所のポイントを回ったが、まったく魚信はなかった。護岸に覆われた流れの強い渕、獲物を吞み込んだ蛇の腹のように川が膨らんだ渕、ヒシ藻に覆われた合流点の3か所である。 4日前に降った雨による増水で、この支流の下流部はまだ水位が高かった。それでも上流域はかなりよい笹濁り状況にあるだろうと推測した。坂を登って、上流部の橋に着いた。ここから川に入る。短いやぶを漕いで、橋の直下に立つ。水の色は薄茶色で、透明度は30センチほどだ。いい感じだ。気温は24℃だが水温は16.3℃。ちょうどいい。 湿原の川で、回遊するイトウを待つのもいいが、なんといっても楽しいのは、渓流のイトウ釣りである。タンニンの薄茶色なのだが泥濁りではなく、ジンクリアの透明でもない魅力的な川の色。瀬があり、渕があり、どうやって高巻くかと考えなければならない障害物がある川。こんな釣りしばらくやっていなかったと反省した。 私は、ここを探るときは、7ftの短竿を持つ。ルアーはいつもDDパニッシュである。パッと5メートルほど投げて、素早く巻く。釣り師も遡上しながら、徐々に上を目指していく。折から木漏れ日が差して、河畔の林から蝉の合唱が聴こえた。渓流歩きの喜びが甦る。 両岸の岩と藪のために川幅が2メートルほどに狭まった個所は、左岸を巻く。そのホワイトウオーターにルアーを投じたが、反応はなかった。 ルートの終盤に、この川の最大のポイントがある。本流と同程度の水量を流す支流が合流する。そこは一帯がプールだ。期待でドキドキする。 まずひと息ついて、静止画写真を撮った。さらに、GoProのスイッチを入れた。ヒットシーンが撮れそうな予感がしたからだ。 定石通り、手前の下流側から、ピュンピュン投げて、探っていく。なかなか出ない。10投も投げると、諦めムードが漂ってくる。「ダメか。居ないのか」すこしずつ、本流左岸側を辿りながら、核心部にキャストをつづけた。妙にルアーを変えることは思いつかなかった。あと2,3投でやめようと思い、やや遠投した。着水して、ひと巻き、ふた巻きしたところで、ゴツンと来た。 「うん?来たか?来た!」至福の時の到来だ。水面を切って、ラインが走る。ドシャと水柱が立ち、それが収まると、別の水柱が立つ。私は両手で竿を掴んで耐える。すきを見て、腰に差していたタモを抜いた。長年の経験で、こういうタイミングは逃さない。魚が浮いた。まずまずの良型イトウだ。水面を走らせて、タモに滑りこまそうとしたが、魚体の半分しか入っていなかった。やばい。とっさに魚の尾に向かって身体ごと動いた。うまく、ツルンと全身がタモ枠のなかに入ったと同時に、イトウが大暴れした。 「やった!」小さく叫んだ。 タモを抱えて、下流の砂利浜に走った。そこでゆっくり、ルーチンワークに取り掛かる。タモ網を折りたたみ、魚を動けなくして、メジャーで測ると、72センチである。タモごとばね計りで吊るして、タモ重量を引くと、4.5㎏である。なかなか良いサイズではないか。 動画は、しっかり撮れているはずだ。一度止めて、もう一回動画を録画にする。首からGoProを外し、地面に置いた。自分が映っていることを確認して、イトウを抱いて、自撮りした。 こうして、楽しいルーチンを済ませ、イトウの活きを確認した。元気はよい。川に返すと、スススーと動いて深みに戻っていった。「ありがとうよ」 この日は、最高の渓流釣り日和であったが、1匹で十分満足した私は、手近な場所から退渓した。 |