第345話 良型 |
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2024年6月下旬は珍しく雨が多かった。おかげで河川水位は上昇し、水温は下降した。釣り人にとっては恵みの雨だった。 週末土曜日の早朝、満を持して川にむかった。水位は高く、釣り場の立ち位置は高い。もちろん立ち込みは不可能だった。気温は9℃、しかも弱い雨が降って、寒い。水温は11℃。ヒットしたときをイメージして、どうやってタモ入れするか想定した。 ルアーはコンタクトDを選んで、キャストすると、足元でモワーと水が膨らんだ。イトウが追いかけてきたのだ。しかしその後出ない。おそらく深い底で目を光らせているのだろう。そこでレンジバイブに変えた。川底を這わすのだ。するとまた足元で、ズンと重さが加わった。ヒットだ。まったく動こうとしない。大物か。追い合わせを加えようとしたとき、スポンとフックが外れた。痛恨のバレだった。 日曜日、今度こそと意気込んで同じ釣り場に来た。天気は小雨からジリの憂鬱な状況だ。水位がさらに上がった。絶対に居るはずだ。キャストを開始し、各種ルアーをローテーションして必死で誘ったが、まったくの沈黙で終わった。 場を鎮める必要があった。私は、ちょっと遠いが、別の水系に移動した。こちらも増水しているが、すでにピークは過ぎて、泥濁りから赤黒い濁りに変わっていた。これは釣れると安心したものの、釣り場はすでに先客に探られている形跡があり、あちこち回ってみたが、魚がまったく反応しない。日曜日だから、仕方がないと思う。釣り人の激戦区となっているらしい。誰も行かないような場所もあるが、水位が高すぎて、立ち込みするのは危険だと判断して、諦めた。 また水系を変えた。こちらはまだ増水中で、泥濁りである。魚を釣るのはちょっと難しい。すぐに撤退した。 そんなわけでもう午後になっていた。坊主の予感が漂う。こんな増水条件で釣果なしに終わるのは悔しい。 結局、朝のポイントに戻ったのは、13時15分を過ぎていた。ほんの少し水位が下がった。その分だけ流れが落ち着き、魚が定位しやすいと感じた。水温は10℃だ。 1投目から緊張していた。いつ出るか 分からないからだ。しかし、沈黙が続いた。ルアーを替え、狙い方向を変え、巻きの速度も変えた。それでもなにも起きない。ルアーは、レンジバイブの黒シングルフックで、とにかく底を這わせる。ルアーを投げて巻くというより、水中に垂らしてふわふわと上下させながら、八の字を描いた。上げようとしたその時だ。上がらなかった。根掛かりでもない。生命感のある重さが伝わった。「出たっ!」 今年まだ経験していない重量感だ。魚が動きはじめた。重厚なパワーで沖合に、上手に、下手にと突進した。竿が激しくお辞儀をする。ラインが鳴る。ドラグはきつく締めてあり、25ポンドオーバーの糸は出ないようにしてある。障害物の多い狭い局面だから、自由に走らせないためだ。竿を操って、力勝負に耐えた。 時おりイトウが水面に踊りあがり、水柱が弾ける。ラインを緩ませないように、少し巻く。そんなせめぎ合いは、案外続かずに、イトウが水面に浮上した。かなりでかい。釣り師の心拍が高まる。徐々に岸辺に寄せてきて、タモ入れの準備にかかる。一度左手ですくおうとしたが、失敗した。そこで、竿を左に持ち替え、タモは右手に持った。二回目はイトウを水面上に滑らせ、右手のタモの真上に引き寄せて、一気にすくった。入った。「やったあ」雄叫びが出た。 それからは至福の時間だった。体長は87㎝、体重は8.1㎏、よく肥ったメスのイトウだった。写真はTG6と一眼レフで撮ったが、後者は水しぶきでフィルターが曇っていた。動画はGoProで撮ったが操作を誤って、思うようには撮れなかった。余裕がなかったのだろう。それでも満足した。最後の最後に逆転勝利したのだ。 イトウを川に放ち、帽子を取って川に感謝の一礼をした。 |