344話  渓流

 

 6月半ばといえば、イトウ釣り黄金の月のど真ん中である。釣り師としては、何とか実釣で成果を残したい時期である。

 しかし、近年の温暖化では、宗谷でも6月にあまり雨が降らない。農家の一番草刈り取りのころだから、農家は喜ぶだろうが、釣り師は喜べない。川が減水傾向となって細り、イトウが姿を消すからだ。

 週末、河川水位の変化を何度も見て、釣りの行き先を決めた。渓流河川だ。小さな峠を越えて行く。最近、全道で報道されるヒグマの増加が、この辺でも気になる。5月ならまだ草木の繁茂が少ないから、見通しが良いが、6月ともなるとイタドリやフキがはびこって、うっそうとしてくる。私は過去6回ヒグマに遭っている。ことしもたぶん出くわすに違いない。

 目的水系に到着し、最初に訪れるのが、ある樋門である。まずは、挨拶代わりのキャストである。青黒い渕になにやらうごめいている。水面下で騒いでいる。しかし、ルアーを投げてもまったく反応してくれないから、イトウではないだろう。

 つぎにテトラ帯に足を運んだ。付近の草地の一番草は刈り取られている。水位、色合い、濁度など川は悪くないが、魚が居ない。

 さらに下流の大場所を目指した。知る人ぞ知るポイントである。テトラ帯に乗って、深場を探れる。しかし流速があるので、魚がヒットすると、流れに乗って手応えは、1.5倍ほどとなる。油断ならないのだ。そこで下流方向へ3投目のルアー・コンタクトDに魚が食いついた。イトウだと分かったが、それほどのパワーではなかった。タモですくったイトウは、55㎝で2.1㎏の高校生であった。

 1匹釣って安心したので、他の場所も探ってみることにした。そこはいかにも渓流らしく、瀬から渕への開けた大場所で、しかも釣り座というよりヒタヒタの砂地から狙えるという初心者向きの手軽なポイントである。渕の中間位置の砂地に立って、上にも下にも思い切り遠投できる。数投目に、対岸に放り込んで、リールを巻いてくると、中央の深みでドシンと食った。居たのだ!

なにしろ釣り師が立っているのが砂地なので、タモですくうよりも、ずり上げるほうがずっと安全だ。イトウは先ほどよりは大きく、体高が立派だった。魚が横にならず、砂の上に立つのである。体長60㎝、2.5㎏の栄養満点の一匹だった。最近では、1日に2匹釣るとおおいに満足する。

 その日はまだ朝の時間帯で、まだまだやるつもりだった。ところが、次の場所には先客の乗用車が停まっていた。それではと次の場所へ移動すると、林道を走る釣り車が先行していた。もちろん、釣り場はまだまだあるのだが、機先を制されて、急にやる気を失った。

いまは、イトウ釣りシーズンのピークなのだから、ちょっと名のある釣り場は、みな激戦区なのだ。遠来の釣り人が何時間もかけてやってくる。そこに地元の私が割り込む気はしない。

 結局、ホームリバーに戻り、釣り人のいない水系を渡り歩いた。湿原河川のゆるやかな流れ、タンニンの色を見ると、こころが穏やかになる。結局、魚信はなく、この日は終了となった。