343話  立ち込み

 

 6月はイトウ釣り黄金の月間である。6月に釣らないでいつ釣るのかという月である。それは、昼の時間が最長で、冷涼な宗谷では水温がイトウの至適温度となるからだ。

 ところが、このところ温暖化の影響なのか、6月にあまり雨が降らず、当然ながら河川水位が減少して水温が上昇する。釣り師としては、非常に困った気象現象である。

 62週目の日曜日、所要で札幌にいた私は、アサイチで稚内に向けて出発した。それでも宗谷の原野に着いたのは正午であった。どの河川の水位もがっかりするほど下がっていたが、一番見込みがありそうな小河川に向かった。いつもなら立ち込みができない深い川なのだが、入れそうな水位だった。晴天の下、カッコウの鳴き声を聴きながら林道を歩き、下の合流から入川した。ウエーダー越しに伝わる水温は心地よいが、計ると19℃もあった。水は透明だ。

 さてここから釣りあがる。むかしは私の釣りはほとんど川通しの釣りだったが、老化のため身体がいうことを聞かないので、やむを得ずスポット的な釣りに切り替えてきた。それでもこの日は、やる気になっていた。上流に向かって15mほどルアーを飛ばし、回収しながらゆっくりと歩くのだ。周りの河畔林、川中の流倒木などに注意を払いながら、野鳥のさえずりを聴き、釣りを楽しむのだ。

 魚が出る場所はだいたい決まっているのだが、河川深度は毎年すこしずつ変化するので、その分布を確認する。最初の大場所「通らず」に差し掛かる。水中突破できなければ、高巻くしかないが、なんとか川中を行けた。これは出そうだと思った直後、投じたContact Dに明瞭なコツンという魚信があり、ラインが走った。「やった!」と叫んで、背中に背負ったタモを左手に持ち、右手で竿をコントロールした。流しこんだイトウは、49㎝・2㎏の高校生であったが、この川では久しぶりの貴重な一匹でうれしかった。タモと竿をもって岸辺に寄り、写真撮影する。

 一匹釣ると気分も高揚し、遡行するエネルギーが湧いてくる。浅瀬は飛ばして、深みは慎重に丁寧に探る。

 「深渕」に着いた。ここは居るだろう。調子よく投げていたルアーが水中で根掛かりした。普通なら水中の靴の操作で捕れるのだが、苦戦した。そこでタモを突っ込んでルアーを強引に掬った。回収できたが、フックとスプリットリングがとれてしまった。根掛かりする可能性が高いので、レンジバイブのシングルフックに交換した。回収作業でずぶ濡れとなり、おまけにウエーダーの右足にジワリと浸水して気分が悪い。それでもさらなる一匹に挑んだ。渕頭に投じると、先ほどより強いアタリで、竿先がおじぎをした。「出た!」と喜び、素早くキャッチできる場所を選び、川中を移動した。むかし磨いた技が自然によみがえる。むかしは、タモなしで遡行していたが、いまではさすがにタモは必携となり、早く掬うことに専念するようになった。イトウと同じ土俵である水中に立っていると、まずバラスことがない。掬うことも簡単で、「流し込む」だけでいい。

 こうして、2匹目のイトウ60㎝・3.5㎏を釣ることができた。

 1時間半ほどの釣行で、車に戻った。カメラをチェックすると上手に撮れていた。一方、GOPRO撮影は、ボタン操作を誤って失敗に終わった。すべてがうまくいくには、まだ23回立ち込み釣りをやって流儀を思い出す必要がある。

 車で記録作業をしているうちに雨が降りはじめた。いいタイミングだったと感謝した。