331話 イトウ産卵に集まる 

 

2023年のことしも、イトウの産卵が始まった。まずは、イトウの健在に安堵する。イトウ愛好家の友人たちが産卵観察に集まってきて、お互いの近況とイトウ話に興じる。毎年やっていることだが、それが楽しい。

産卵観察といってもいろんなタイプがある。まるで研究者のように、毎日きちんと産卵床の数をかぞえて、これが新しく作られた産卵床だと教えてくれる人。一脚にGOPROをセットして、水中撮影に熱中している人。とにかく各河川支流を1本ずつ歩いて、イトウ遡上産卵の有無を徹底的に調べている人。みなさんそれぞれ妥協を許さない態度である。

なにが面白くって、こんなに熱が入るのか。私も毎春、決まった小河川を見に行く。410日前後から始める。しかし、よほどタイミングよく、雪解けや雨による増水で、イトウが遡上を促されたときしか、その姿を見ることができない。なんどか見に行ってもそのつど空振りで帰ってくる。ただ転んでもただでは起きないつもりで、原野でギョウジャニンニク採りをしたり、豊富で散髪をしたり、温泉で入浴したりしている。

420日前後になると、イトウは独自の産卵カレンダーにしたがって、上流部へ遡上してくるようだ。われわれ釣り仲間は、LINEで情報交換をしているので、誰かが遡上魚を見つけると、そこへ足を運ぶ。見慣れた車が停まっていると、このへんにいるということで安心する。

22日もとある河川で、友人の車を橋のたもとで見つけた。私はそこから上流へ歩いて、イトウの姿を追った。砂利床であるから、いる可能性がある。ほどなく、瀬尻の浅場で、70オス80メスのペアを見つけた。俄然観察モードが高まる。河畔林の木の陰に隠れて接近し、カメラを向けた。オスもメスも期待した体長ではない。もっと大きい個体ならよけいに嬉しい。それでも彼らは真摯に床を掘りつづけて、まもなく並んで開口し、産卵放精した。この決定的な瞬間を目撃したのは、久しぶりであった。埋め戻しもすぐに始めた。身体を真横に倒して、尾びれで土砂を被せるメスの姿は銀色に輝き、まるで刃のようだ。いっぽうオスの存在感はやや薄かった。

このペアの情報を仲間に伝えたところ、彼はペアを見に訪れ、オスメスが産卵床をずらして、新たに産卵行動をはじめたという。これには驚いた。ペアは精力絶倫なのだ。

 水中撮影に凝っている友人は、明らかに腕をあげた。GOPROを水中に差し込むシーンからして絵になっている。ゴポゴポという水中音がする。まもなく、沈木の陰に赤いイトウが登場する。カメラは接近し、尾びれから体側へ、さらには鰓ブタから顔面へと移動する。イトウがどうして逃げないのか不思議だ。また遠くにいるイトウがカメラに向かって悠然と泳いでくる場面もある。カメラ目線のイトウもいるのがおかしい。水中撮影は、そのままテレビ局お買い上げになってもよいくらいの高画質で、うっとりする。

 産卵観察には、体力がいる。私もむかしは林道を歩き、河畔を歩き、川中を歩いてイトウを探し求めた。しかしいまはそんなに長く歩けない。だから、いそうなところをスポット的にのぞいている。当然ながらイトウを発見する機会は少なくなる。まして、冬眠明けのヒグマがいつ現れてもおかしくない源流部を一日中探るなんてこともできない。

比較的楽な現場で、産卵行動を見ることで満足している。