330話 冬の終わり 

 

 2月後半にはいった土曜日の朝、穏やかな曇空に誘われて、車を動かした。国道40号線を南下し、開源のバイパス入り口をやりすごしてパーキングで停まった。ここでスノーシューを履き、裏の雪壁を上り、丘につづくなだらかな雪原をバフバフと歩いた。気持ちいい。利尻山は見えないが、サロベツ川の河畔林までひろびろと眺望が効いた。スノーシューの締め具がほどけて、雪靴が外れるアクシデントはあったが、これを慎重に締め直し、丘のてっぺん近くの疎林まで登って、下降した。わずか30分のスノーシュー歩行であったが、身体がじんわり温まった。

ふたたび車を走らせて、豊富の街に入った。豊富駅のトイレで小用を足し、湿原方向をひと回りし、宗谷本線の踏切を渡って、ベーカリー夢工房の駐車場に着いた。宗谷では大人気のパン屋で、土曜日は10時半の開店前に20人は客が並ぶという人気店である。しかしこの日は一番乗りだ。店に入り、アルコールで手指を洗い、トンクとトレイを手にして、見事に並んだ色とりどりの100種類ものパンの群れから好きなのを選んでいく。ベーコン卵バーガー、クロワッサン、カレーパンなど9個を買って、1500円と安い。

パンを買って、向かったのは豊富温泉である。ホテル豊富に着くと、林に囲まれた静かな駐車場に他の車はいない。タオルを手にしてロビーにはいる。浴場は11時開場でまだ時間がある。大型テレビが映す映像がとても綺麗なので、椅子に腰かけて見入った。「天塩川 氷の一本道の物語」というドキュメンタリーをエンドレスで流していた。綺麗なはずで、8K映像だ。なんとプロローグから天塩川のイトウの産卵風景が出てきた。中川町の天塩川大解氷を描いたドキュメンタリーで、タイムラプスで氷の動きを捉えるだけではなく、解氷日時を当てる中川町の恒例行事をていねいに追っている。結局、30分の番組を全部見てしまった。圧巻の出来栄えだった。エンドロールにNHKディレクターの知人の名があったので、のちほど彼にメールしたところ、「あの番組は2年前に札幌クルーで制作したのですが、北海道知事賞をいただきました。極北を流れる天塩川ならではの風景です。人智を超えた営みに圧倒されます」と返信が届いた。

久しぶりに豊富温泉の石油の匂いがする茶色い湯にどっぷりと浸かった。ちょうどいい湯温で、身体の芯まで温まった。サウナにはいると、首から両腕に彫り物をいれたお兄さんが座っていた。横に並んで、仲良く大汗をかくまで頑張ってみた。

豊富温泉を発ち、高規格道路に乗ると、車線にはほとんど雪がなかった。冬が終わりに近いことを知った。稚内市内のモダ石油で給油したが、モダのプリペイドカードが新しいカードに変わっていた。稚内に閉じこもっている間にいろんなことがあったのだ。

帰宅したのは午後1時で、出発してから約5時間がたっていた。けっこう密度の高い楽しい車旅であった。北国宗谷の雪が消え、花が咲き、鳥が飛び交い、川が解氷して魚が遡上する季節はまだ先だが、その間にもすこしずつ風景は変っていく。それを確認できるのは地元民の特権だ。