329話 越冬生活 

 

毎年、12月から翌年の4月なかばまでイトウに会わない暮らしをしている。日本最北の街である稚内では、この間はずっと冬がつづく。私は21次、28次南極越冬隊員であったが、そのころは30歳台の若さで、極地の気象の厳しさや暗黒の日々がそれほど心身にこたえなかった。いまは、たかだか北緯45度の温帯の冬でさえけっこう辟易している。夜が長い、風雪に見舞われる冬は、やっぱり好きにはなれない。どうやって冬を乗り切るか。これが冬毎のテーマである。

晩秋にやることは、まず車の冬タイヤへの交換である。大型の四輪駆動車のタイヤは重く、この作業は、ひと苦労する。自分でタイヤ交換する習慣がないと、アウトドアでの予期せぬパンクに対処できないので、かならず自分でやる。現場はJAFなんか呼べる場所ではないからだ。

釣りのシーズンが終わると、釣り道具一式を車からおろす。急に車のリアが軽くなって飛び跳ねる。車の室内ががらんとして寂しい。

降ろした釣り道具は、部屋の床に広げて、乾燥させ、不具合な竿、リール、ルアーを修理したりする。私の竿は、無傷ではなく、ボロボロだ。ラインガイドなどは、よく吹っ飛んだり、折れたりするので、それを適当に糸巻きして、接着剤で固定する。穂先が折れると、短くなった先端を整形し買ってきたトップガイドを接着するので、竿はだんだん短くなる。よくやるのは、折れて半端になった2本継竿のティップ側とバット側を適当に組み合わせて、接合部にヤスリをかけ、新たな竿に再生させることだ。竿のブランクのバランスや強度など無視してやっているが、けっこう使える。80㎝くらいまでのイトウなら釣れるので小河川で使える。

リールは毎年34台くらい酷使して壊しているので、使用済みのリールが山ほどある。それらは、残してあるので、部品パーツの供給用に役立つこともある。イトウ釣り用に使うリールだから、軽量、速巻きとは無縁で、どちらかという型番が大きく、ベールが太くて無骨で頑丈なリールが多い。海の大物ジギング用などを、平気で川で使う。最近はtailwalkなどを愛用している。安くて丈夫だからだ。

ルアーは消耗品である。私はほとんどのイトウをレンジバイブ80で釣っているので、これを大量に購入するが、シーズンが終わるとほとんど残っていない。札幌へ行くと、釣り具店をハシゴして探す。面白そうなルアーも試しに買うが、実釣であまり気に入るものがない。細部まできれいでまるで装飾品のような高額のルアーがあるが、けっして買わない。本波幸一さんや、釣り友が手作りして、いただいたルアーは大切なもので、なくしたくないから、製作者といっしょに釣りをするときだけ使う。そのため申し訳ないが、きれいなまま殿堂入りする。

越冬生活では、釣り雑誌をよく読んでいる。「鱒の森」「Gijie」「North Angler’s」「Fishing Café」などである。テレビの釣り番組もけっこう見ている。「釣りびと万歳」のような有名人しろうとに釣らせる番組よりは、プロの技を見せる番組のほうが断然おもしろいと思う。「怪魚ハンターが行く」や冬恒例の津軽海峡巨大マグロ漁番組はまったく異次元の世界で、ハラハラドキドキしながら見ている。

札幌に行くと、豊平川鮭の科学館や年間パスポートをもっているサンピアザ水族館に足を運ぶこともある。もちろんイトウを見に行くのだが、残念ながら飼われたイトウは顔がつぶれたりヒレが丸くなったりで、哀れなすがたをしていて悲しい。

年が明けると首都圏に住む釣り友から、春のたよりが届く。青い空、東京から望む富士山、梅が満開、桜が咲いた、フィッシングショーに行ったなどの情報だ。羨ましい限りである。しかしその頃になると、北国でも日が長くなり、陽光も強くなって越冬生活も後半である。

そうこうしているうちに4月が来る。職場の医師たちは新年度でガラッとメンバーが替わる。このころになると、北国のほうから情報発信することになる。まもなくその季節がくる。