327話 三人の来客 

 

2022年の晩秋、我が家には三人の来客があった。一人目は退職して充電中の外科医、二人目は学生時代から親しい山スキーの仲間、三人目はイトウ釣りの名手である。それぞれがメールでは私になにか相談したい様子であった。冬が近い稚内にわざわざ訪ねてくる客人はほとんどいないから、大歓迎である。ありがたいことに、三人とも手土産に清酒、ワイン、ビールといったアルコール類を持参した。

稚内でも第8波のコロナ禍では、外食ははばかれるので、自宅で宗谷牛のサーロインステーキを焼いてもてなし、じっくり話を聞くことにした。

 ひとり目は、私と同郷の京都生まれで、大学時代はスキー競技をやっていた。南極でも越冬した。稚内でも私といっしょに働いたことがある。そんな彼も60歳台後半となり、外科医の仕事にひと区切りつけて、休息中なのである。釣りをしたいというので、ウエーダーとシューズ以外の道具はすべて貸し、川へ連れていった。ホームリバーの下流の橋下で、簡単にレクチャーして、あとはひたすらキャストの練習に費やした。残念ながらイトウの魚信は一度もなかったが、イトウ釣りとはそういうものだということが分かっただろう。腕を磨いてまた挑戦にくるという。

 二人目は、大学時代の山スキー部の後輩の70歳である。仕事はリタイアして、最近はもっぱらOB会の運営に精を出し、後輩の面倒を見ている。稚内駅で彼を出迎え、その足で川へ連れて行った。冬枯れの川は穏やかな表情をみせて流れ、都会の客人はそれを心に沁みる美しい光景と喜んだ。「釣ってみせる」と言って、私が竿を振ると、間もなくアメマス46㎝が食いついた。けっこうな型ものが簡単に釣れる宗谷の川の豊穣に彼は驚いた。彼は北海道の山岳には詳しいが、利尻山以外には山らしい山はない宗谷にも、原始の川をはじめ魅力的な自然がたくさんあることを認識したことだろう。

 三人目は宗谷生まれで、かつてイトウ釣りに熱中し、仲間内では大物釣り師として有名だった。しかし、仕事で本州へ転勤させられ、やっと北海道に戻った。忙しくてことしは、イトウ釣りをやっていない。

50歳台後半は、仕事、家庭、健康、定年などさまざまな課題に直面する年ごろだ。コロナ禍で仕事の形態も変わった。そういったことをひと通り経験し、通過しつつある老境の私は、もっぱら聞き役に徹した。

 私は都会生まれで都会育ちだが、究極のアウトドア南極越冬をへて、いまは田舎で暮らしている。私は都会の人びとと違って、アウトドアライフも日常生活である。宗谷の冬の気象は厳しいが、南極と比べるほど強烈なものではない。

私には人生相談にのるような重い経験はないが、人生に波風がなかったわけではない。三人の客人たちよりは多少年をとっているが、いまも仕事はやっている。身体はすこしずつ弱ってきているが、まだイトウ釣りはできる。高齢者ではあるが、わるくない生き方をしていると、彼らには伝わったであろう。

相談というほど切羽詰まったものではない話を、ゆったりと受け止め、アドバイスというほどではない穏やかな対応をするうちに、お互いに酔いがまわった。翌日には三人とも礼を言って、南へ帰っていった。彼らが私からなにかを得たかは分からないが、私は来客を迎えたことで心安らいでいた。