326話 小春日和 

 

2022年の晩秋、稚内の初雪は113日に全国でもっとも早く降ったが、その後は温かく、雪を見ることがなかった。13日には大雨が降り、サロベツ川が氾濫危険水位を上回るような荒れた日があった。それから1週間、河川水位は徐々に下がり、週末には各河川とも絶好の水位となった。

気温も朝こそ氷点に下がったが、日中は10℃ほどに昇り、風はなぎ、釣りには最高の小春日和となった。

 車をゆっくり走らせて川に着いた。たい肥をまき散らした草地を慎重に歩いた。ヨシをかき分けて、釣り座に立つ。川は波ひとつなく鏡の水面をゆっくり流している。去来する雲が切れると、陽光が対岸のヨシを黄金色に染め上げる。息をのむ美しさだ。

気温は氷点下2℃、水辺は結氷し、水温は3.0℃しかない。しかし風が凪いで、寒さはまったく感じない。

 私は、日本の2本の廃竿を調整して作ったオリジナルの竿を持ち。いつものレンジバイブをシングルフックにして、準備は整った。このポイントのど真ん中に、大きな流木の根があって、ずいぶん多くのルアーを献上したのだが、この日は水位が高く、スピードを加えたリーリングで、根掛かりはかわすことができた。

 開始から10分間はなにも起きなかった。かすりもしないのである。それでも「居るはずだ」と信じて、キャストをつづけた。

 810分だった。巻いてきたラインがあとわずかというピックアップ時に、いきなりイトウがガボッと出た。飽食した丸い腹が、はっきり見えた。でんぐり返って水中にもぐったイトウは、非常にパワフルで、縦横に走り、水面をかく乱し、竿はゴンゴンとおじぎをした。久しぶりの手ごたえのあるイトウで、釣り師は有頂天になり、途中からGoProのスイッチをいれた。

 イトウは思ったほど大物ではなく、まもなく浮上し、タモに吸い寄せられるように入った。きれいなメス72㎝で、体重は4.3㎏と肥って、腹がぽっちゃり膨らんでいた。

 この釣り場は、2021年のイトウ大量死のあと何度来ても、魚信ひとつない荒廃した川であったが、1年たったいまは、みごとに復活したことがうれしかった。

 小春日和に誘われて、ホームリバーにも寄ってみた。11月に入ると、雨のあと大量のアメマスが遡上する。私の「アメマス場」に着くと、一望できる川面のあちこちにライズリングが生じている。水温6.3℃、いくぶん濁った川がトロトロと流れていた。レンジバイブを投じると、いきなり57㎝が来て、つぎに60㎝がつづくといった具合で、入れ食い状態だ。たまにはイトウも混じるが、この日はアメマスの群れに圧倒されて、姿をくらましている。

 なん投目か、いままでとはひと味ちがう重い引きが来た。リールを巻けないほどパワフルで、しばし力比べとなった。こういう引きは、巨大アメマスでしかもスレに決まっている。2020年にもまったくおなじ種類の引きを味わった。そいつは80㎝・5.2㎏のモンスターだった。今回の魚もそれに近い。ポンピングを繰り返し、やっと引き寄せてみると、案の定、背びれにスレがかりして、巨大アメマスの横倒しになったボディが大きな抵抗を生んでいた。こいつは、77㎝・5.0㎏のドーナツ白斑のある立派な体型だった。いったいどこから回遊してきたやつなのだろうか。

 冬が近い宗谷の川に、ほんの一時期訪れる小春日和の釣りを満喫させてもらった一日だった。