325話 秋の大河 

 

宗谷の気温が下がり、ススキの穂が夕日にキラキラ輝く。夏の間のカラカラ天気が、徐々に変わり、週に2回ほどまとまった雨が降るようになる。中小河川の水位は高めに保たれる。待ちに待った宗谷の秋だ。

秋晴れの10月最初の週末、大河に向かった。気温10℃。橋から見下ろす水は澄んでいる。樋門と大屈曲部で竿を振ったが、魚信はまったくなかった。釣りが好きで、本州から道北に移住したという青年と話をした。そういう人は多くはないが、多様性の時代のひとつの現象だろう。私も釣りが好きで、稚内に33年も住んでいる。

私が以前から注目していた中流部の平瀬に踏み込むことにした。鹿も多数いることだし、原野を突っ切って川に向かうトレースはかならずあるはずだ。なければやぶ漕ぎするという強い意志を持って、突き進むことにする。双眼鏡であたりを偵察し、進入するルートを選んだ。ところが突入すると思いのほか原野の歩行には労力を要せず、川岸の急斜面に到達できた。大河の土手はたいてい泥壁なので、滑り落ちないように、足場を作り、立ち木につかまって慎重に入水した。以前はパラシュートコードや簡易アイゼンも持っていたが、そんな装備を使うほどではなかった。

川は非常に澄んでいた。当日の水位は低めで、膝くらいの深さで川底は砂床である。水温は16.6℃。「これでは(釣るのは)難しいかな」と感じたが、11ftの長竿をつなぎ、キャストを開始した。ルアーはレンジバイブである。一投目、二投目はなにも起こらず、三投目は岸よりに遠投した。すると、なにかに突っかかったような抵抗があり、直後に水柱が派手に上がった。「おっ出た!」と声が弾む。強引に寄せてきて、小さな砂浜にずり上げた。非常に元気なイトウで、寝た姿で写真に収めようとしても、なんども魚体が立ってしまう。体長72㎝で体高があり、体重4.8㎏と肥っていた。さすが栄養豊富な大河のイトウだ。

 1匹釣れれば十分に充たされ、長居せず陸にあがった。帰路に何のことはない、ちゃんとした小径を見つけた。こういうことはよくある。

 3日後に利尻山初冠雪が認められた。毎年のことだが、季節のはっきりした移ろいにイトウ釣りもあと1か月強かと緊張感が増した。

 中流部の平瀬に再び挑んだ。水位が20センチほど高くなった。水温は11.5℃だ。「かならず来る」と妙に確信していた。その通り5投目で、ガツンと食ったが、残念ながらバイトだけで、魚が竿に乗ることがなかった。前回の魚よりずっと大きかったと思う。さらに数分後、MM13にしっかりとヒットしたが、これもバレてしまった。ツキのない日だった。

 さらに1週間後、下流の有名ポイントに出かけた。川幅は300メートルもあり、どこかを狙って投げる釣りではない。あたりには数台の釣り車が停まっていた。私はあえて他の釣り人とは離れて、岬と名づけたポイントに立った。ハクチョウやガンが美しい編隊を組んで鳴き交わしながら南へと飛行する。うっとり見とれるような風景だ。釣り座の周辺は浅く、透明度も高い。そこで遠投したプラグになにかが当たった。あとで波を立てて沖合へ逃げてゆく魚の背中が見えたので、イトウの魚信だったことを知った。

 こうして大河の秋はふけていった。なかなか釣れないが、最後に大釣果が出るだろうか。