322話 岬の大魚 

 

 長い黄金週間も終わった週末の日曜日、イトウ釣りを始めた。前夜まとまった雨に恵まれたが、南西の強風にはたじろいだ。朝5時ホームリバーの私の釣り場にたどり着くと、背後から吹き抜ける風が、川の水面を搔き立てて暴走する異常事態だ。しかしこの時期にはよくあることなので、気にしないことにした。天気は重苦しい曇り空のせいか、釣り人は対岸に2人だけである。釣り座に着くと、水温をまず計る。8.7℃と悪くない。上げ潮の時間なのだが、川は下流へ流れている。まだ草木が伸びていないので、見通しは非常によく、岸辺を歩くのもたやすいが、一方、強風から身を隠すことができない。

 さて、ロッドを2本継ぎ、ルアーのレンジバイブをセットした。首から下げているGOPROをオンにする。竿を振りかぶって第1投をくれた。ルアーはビューンと音を発して飛び、思い通りの水面を割った。こうして今年の釣りは始まった。いきなりイトウが出るなんて思ってはいなかった。

 下流の岬に移動した。その下手に小さな湾があり、たまにイトウが小魚を追い込んで捕食する。海から遡上するイトウが、ここらで一服するのではと想定して、キャストした。魚信はないが、ルアーのフックに半透明のキラキラ光るものを拾った。なんとそれは、シラウオであった。この時季、海から川に遡上して、産卵するのだ。おそらく、水面下には大群がいるのだろう。それなら、シラウオが好物のイトウもいておかしくない。私は岬の界隈を探ることにした。11ft竿を振りかざし、上流方向岸よりにルアーを放った。リールを巻き、まもなく竿をあおってルアーを引き上げようという動作に反応して、ゴンという衝撃が来た。「おっ、来たぞ!」手応えはグイグイと重量感にあふれ、容易に巻けない。「でかいかも」と感触を味わいながら、竿先を湾に向けた。「動かない」魚は、水底にしがみついたか、沈黙した。「緊張を保って耐えるしかない」ラインはナイロン6号なのだ。切られる心配はない。しばしの膠着状態から魚はゆっくりと浮上した。湾内は浅い。イトウをそこへ誘導すると、背びれが見え隠れする。右左と頭を振って、ルアーを跳ね飛ばそうとするが、針掛かりはがっちりしている。強引にこのまま浜にずり上げることにした。「太いオスだ」「体側に海のヒルにかまれた痕跡がある」バタン、バタンと暴れるのを膝で抑え込み、フックを外した。ここでイトウをタモに収めて、水中に戻した。シーズン初めで、ドタバタしたが、竿さばきや一連の動作は悪くなかった。いっぺんに釣りの勘が戻った。

イトウをメジャーで計測すると89㎝。体重は、ばねばかりが馬鹿になっていたので、予備のデジタル体重計で測って、7.9㎏と記録した。

撮影は、魚体をオリンパス一眼レフで撮る。抱っこ写真をTG6で撮ろうとしたがうまくいかない。GOPROで動画を撮る。本当はヒットシーンを撮りたかったが、出ると思わなかったのでチャンスを逃し、タモに入ってからの動画となった。

 こうして一連の処理をすませ、リリースとなった。湾内は泥水でモウモウとして、イトウがよく見えない。それでも泥の動きで、イトウが川に滑り込んだのが分かった。ヒットしてから10分もたってはいないが、1時間も経過したような充足感だ。釣り師は泥水をかぶり、なにもかも濡れていたが、一眼レフの水没さえ防げば、あとは問題ない。乾いた布で、多少きれいにした。

 ホームリバーの初釣りで、大物を釣り上げた喜びは大きく、もうその日は釣りを切り上げることに未練はなかった。きょうは、釣り友にLINEで自慢話をする楽しみができたとほくそ笑んだ。