第321話 開幕の集い |
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4月16日は土曜日であった。毎年このころの週末に釣り仲間が集まって、川を見ながら情報交換をするのが恒例になっている。ことしもきちんとした約束もしないのに、朝6時半には林道終点に車が3台集まった。4月中旬にしては放射冷却により冷え込んで、気温は氷点下3℃であった。あたり一面霜がおりて白く、春なのに肌寒い。私以外の二人は、200mほど離れたゲートにいる。そこまで急ぎ足で歩いて、まずは握手を交わした。私は稚内から車で1時間ほどだが、ひとりは横浜、もうひとりは札幌から来た。都会から宗谷の原野の川にわざわざやってくるには、相当な時間と労力を要しただろうが、誰もそれに関する説明はしない。 なだらかな草地を歩いて、まだスプーンカット状の残雪が張り付いた川辺へと進む。根曲がり笹をかき分けてのぞく。川には薄茶色の雪解け水がほどよい水位で流れ、瀬と渕を作り、イトウがいつ産卵行動をしてもよい雰囲気だが、まだイトウは見当たらない。 全員が羆鈴をシャンシャン鳴らし、羆スプレーのホルスターを下げている。「ことしは羆がでるよ。俺は咲花峠ですでに1回会っている」と警告を鳴らす。まだ植物が繁茂していないので、ヒグマが出ればすぐに分かるだろうから、あまり心配してはいない。川は激しく屈曲し、その屈曲地点こそがイトウ産卵床密集地域なのだ。 各人の撮影器具を見ると、カメラ、レンズ、動画撮影用のカメラとさまざまであるが、中にはバズーカ砲のような高価なレンズや、GoProとタモ柄を組み合わせて水中撮影に備える人もいる。イトウのペアの産卵行動を背景とともに撮りたい人、動きを動画として残したい人では当然道具も異なる。 私は産卵撮影をして20年以上になるが、最近では静止画より動画に重点を置いている。一眼レフカメラを構えても、撮るのは動画なのだ。濁った水中の写真を静止画で切り取るのは非常に難しく、動画であれば多少濁っていてもイトウの動きで行動を捉えることができる。 去年の産卵観察ではまだ実用していなかったGoProをことしは多様しようとしている。なにしろ操作が簡易で、どう扱ってもなんとか映っているのだ。 濁り水のなかでイトウを探し出すのは簡単ではない。幸い、オスは婚姻色で赤く染まっているから、まずオスを見つけることが肝心なのだ。これがじつに得意な人がいる。「あ、いたいた」と言われても、私にはまったく見えないことがよくある。「対岸のササが垂れているところ」と言われて、やっと「なんとなく居ることがわかる」程度なのだ。イトウが掘り行動する場所、驚いて逃げ隠れる場所などの行動特性を知っていないと簡単に見つけられるものではない。 この日も「いた‼」の声で私はやっとGoProをセットした。対岸にきれいな沢形が広がる瀬であった。「あ、メスもいる‼」との声で、やっと90♂80♀のペアがいることが分かった。静止画ではなかなかきれいな画像は得られない。もっぱらGoProで動きを追ったり、撮影中の釣り人を撮ったりした。これらはよい記録になる。 こうしてイトウ産卵観察はまだ成果といえるものではなかった。それでもことしも長いシーズンを楽しもうという開幕のセレモニーは無事に済んだ。 |