318話 晩秋の平瀬 

 

 秋が深まった10月最終週、わりに穏やかな気象に恵まれた。金曜日は北風が吹いて、川面に波が立ったが、土曜日にはそれは収まった。水位は最良で、濁りも適度である。

朝は冷え込んで下流部でも気温は氷点下3℃である。川面からけあらしが立ち、見るからに寒いが、水温は8.5℃もあるから、魚には寒くはなかろう。この季節になると、ホームリバーの要所要所には釣り人が立って、晩秋の大物を狙って竿を振っている。私もヨシ原をかき分けて作った通路と釣り座を活用したくて、行ってみたが、ロッドのガイドが凍結する冷え込みで、魚の反応はなかった。

 そこで、車を始動して、内陸へと走った。気温はますます下がり、釣りにならないかと心配した。幸いそのうち日が差しはじめ、気温としては変わらずとも、体感温度は少し上がった。

晩秋の川は寂寥感にあふれ毅然として美しい。川岸に立ち、釣り座をこしらえ、あらかじめ取り込み場も作った。さて、やりましょう。11ft竿を振りかぶり、上流45度の方向へフルスイングした。小さくて重いレンジバイブはよく飛んで、小さな水柱を立てた。1投目はなにも起きなかったが、2投目に早くも魚信が来た。しばらく釣れなかった私にはそれだけで嬉しかったが、魚がイトウだと分かって歓喜のマーチが鳴り響いた。イトウは50㎝、1.7㎏で丸まると肥っていた。釣り座が高いので、どうしても長タモとグリップが要る。これらがないと、取り込みもできないし、落ち着いて写真撮影もできない。それは分かっていたので、もちろん準備していた。

さて、1匹釣って安堵し、すこし狙いを変えた。対岸ギリギリを攻めたみることにした。投げては引き、川床の様子、根かかりの有無なども探ってみる。ところどころ浅場もある。そうこうしているうちに、またイトウがヒットした。こんどは先ほどよりは魚が大きく、手応えもあったが、なんなく引き寄せて、ネットインした。59㎝、2.7㎏である。晩秋になって、一か所に立ったまま2匹のイトウに恵まれることはほとんどない。これは異常な魚の濃さなのだ。

竿を振り回し、探れる範囲は片端から探ると、アメマスの62㎝と41㎝が来た。どちらもローソクのように痩せていた。イトウは肥っているのに、アメマスはなぜやせ細っているのだろうか。というより、痩せたアメマスが、餌魚を求めてここまで遡上してきたのかもしれない。興味が尽きない。

しばらく魚信がなく、竿をたたむかと迷っていると、久しぶりにドンと食った。案外軽い。イトウは50㎝、1.2㎏の痩せっぽちだった。痩せたイトウもいるのだ。

一日にイトウ三匹の釣果は、ことし初めてだった。もうこれ以上は望まない。納竿して車を走らせると、晩秋の落ち葉のころである。橙色の落葉松と黄色の白樺がお気に入りだ。風に落葉がハラハラと舞い、そこに薄日が差す光景は、古いロシア映画の場面のようだ。私は豊富温泉へ向かった。ホテル豊富に五百円はらって入浴すると、大きなガラス越しに、燃えるような落葉松と、庭の白樺の疎林を湯舟から見ることができた。ぬるめの湯に浸りこみ、そのまま眠ってしまいそうに幸せな気分だった。