316話 想定外の大物 

 

316話 想定外の大物

 イトウが渇水の川のどこにいるのか見当がつかず、とりあえず上流を目指した。川は細く、浅く、透明度が高い。どう見てもイトウが居そうになかった。それでもヤブを漕いで、河川敷に降り立った。秋になり、ヤブの密度がいくぶん租になって、明るい。渓流の様相で、気温16℃、水温15.4℃である。ヤマメ釣りならちょうどよい感じだ。

 私が持つ竿は6フィートで、リールはガタピシの旧型、ラインもいつ巻いたのか分からないほど古い。ルアーはレンジバイブの小型で、フックはへなへなである。大魚を狙うようなタックルではない。相手はせいぜい60㎝までが限界だろう。

 そんなライトタックルで、釣りをはじめた。渕とはいってもせいぜい腰深くらいのもので、当然川中を歩くことができる。ちょい投げで、ルアーを飛ばし、直巻きでリーリングをした。2投目で、バチャバチャとなにか掛かった。ウグイだろうと思ったら、イトウの小学生だったので、喜んだ。33㎝で細いが、さすがに精悍な顔つきをしていた。幸先がよく、気分がよかった。

 「もう1匹くらいいるかな」と明るい気分で、キャストを再開した。一投、二投、三投と投げ込んではルアーを回収した。すこし前進して、渕頭まで飛ばすことにした。すると、渕の半ばほどでなにかが食った。強烈な魚信ではなかった。60㎝くらいのやつかなと気楽に構えた。ところが、ズズズと曳いてくると、これは大物ではないかと訂正するしかなかった。魚が重い、力強い。明らかにスレではないのに、コントロールが難しい。竿はとくに穂先がグイグイ沈んで、水中に没する勢いである。ライトタックルで挑んだことを後悔したが、いまさら悔いても仕方ない。竿の穂先側を左手でつかんで持ちこたえた。右手では、腰に差したタモを取り出そうとしたが、それがなにかに引っかかってうまくいかず、もたついた。

バタバタしながらも、なんとかバラスことなく、イトウが疲れるまで時間稼ぎをした。イトウは、右に走り、左に暴れ、派手な水柱を巻きあげた。時おり、三段引きで、穂先が食い込んで、もはやこれまでかと諦めかけても、まだラインもフックもちゃんと魚にしがみついていた。そして、ついにイトウが浮かんだ。左手の竿を操作して近づけ、右手のタモで、頭から尾へ上手にすくいとり、「やったぁ」と奇声を発した。

タモを抱いて、渕の下流の平瀬に後退し、入川ポイントに戻った。まず、イトウの口から、プライアでフックを外した。トリプルフックの1本が伸びていた。つぎは、ドタバタ暴れるイトウをなだめすかして、体長を測ると93㎝である。体重は10㎏バネバカリのスケールオーバーであるが、タモの1㎏を差し引きして、9㎏と読んだ。

さいごに写真を撮る。残念ながらTG6しか持参しなかったが、このカメラは水中に没しても構わない。タモ内でシャッターを切り、イトウにグリップを咬まして、泳がしながらまた撮影をした。大物なので、抱っこ写真も撮ることにした。泥壁に平らな石を乗せ、その上にカメラをセットして12秒で、セルフタイマーシャッターにて数回撮影をした。イトウも私もかなり疲れて、もう限界かもしれない。イトウは水中に話しても動かないで、ゆっくり鰓ぶたを動かしている。

この夏の猛暑という過酷な環境を生き抜いた大物イトウが愛おしく、抱き寄せてツーショットでまた写真を撮った。イトウにとってははなはだ迷惑だったかもしれない。再度放つと、ゆるゆると進み、渕に消えた。夢のような時間であった。ふと気が付くと、GOPROがしっかり廻っていた。臨場感あふれる動画となった。その動画をホームページにアップしようとイトウの会の谷と川村が努力してくれた。