第314話 イトウの大量死 |
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2021年7月下旬から8月上旬にかけて寒冷地であるはずの宗谷地方が猛暑に見舞われた。夏日なんてほとんどなかった稚内で、1938年以降で観測史上最高気温32.7℃が7月29日に記録された。7月の平均気温は平年より3.9℃も高い21.1℃であった。 気温が上がれば当然ながら水温も上がる。河川の水温は気象台も観測していないが、釣り人の私はやっている。釣りをするときは、必ず電子水温計で水温を測る。イトウがヒットすると、その場所での水温も測る。それを25年以上続けてきた。こういう習慣はそう簡単に身につくものではないが、私は元南極観測隊員であるから、ほとんど無意識に測る。 7月29日5時私はいつもの川に出かけ、水温を測ると25.7℃もあって驚いた。ぬるま湯のような水温である。それでもイトウの避暑地にはイトウがいて、元気にルアーに反応した。釣ったのは77㎝・4.6㎏の良型で、リリースすると力強く泳ぎ去った。 ところが2日後の7月31日に同じ川に入って、我が目を疑った。大きな魚が腹を上にして浮かんでいた。70㎝と50㎝のイトウであった。水温は25.7℃である。「なんで死んだのか」「もしかして私の釣りが原因か」と疑ったが、まず大きさが違った。しかも2匹も死んでいたのだ。その日はすぐに釣りを止めた。この釣り場だけの話では済まない気がして、流域を車で走り、橋から川を観察した。その時、ひとつ上流の橋の下流の見える範囲で、2匹の推定70㎝のイトウが2匹も死んでいた。それで、このイトウの大量死は、流域全体、あるいは他の河川でも発生している可能性があると考えた。そこで7月31日、イトウの会ホームページBBSに緊急で書き込みをした。イトウの死因は高水温による酸欠死だろうと記した。こういう一大事を最初に知るのは、やはり釣り師なのである。 その後私の身内に不幸があり、葬儀のため釣りから遠ざかる時間があった。そんな時、BBSを見た朝日新聞の記者から問い合わせがあって、イトウの死について聞きたいとのことであった。記者の反応の早さ、鋭敏な問題の捉え方に驚いた。私は持てる情報を彼に伝えたところ、8月7日には全道版社会面の記事になった。まだどこのメディアも知らない事実であった。 その後、釣友からLINEで、大河のポイントで1m級のイトウが死んでいたと連絡が入った。これはさらに一大事だ。イトウは猛暑のとき、どこにも逃げ場がなかったのかもしれない。 道新によると、猿払川では猿払イトウの会が調査したところ源流部で40匹ものイトウが死んでいたという。 8月も宗谷の高気温、少雨はつづいた。8月7日には31.6℃を記録した。道新の記事では6~8月の降水量は、平年の24%の70.5ミリで、過去10年でもっとも少なかった2013年の4割しかなかった。 イトウの死を目撃してから2週間後、私は釣りを再開した。イトウの生存を確認する必要があった。 すでに河川の水温は平年なみに下がっていた。自分が釣りに入る河川を探り、1本ずつイトウが生存していることを知った。しかし、最初にイトウの死を発見した河川だけは、まだイトウの生存を確認できていない。 ことしのイトウ釣りの状況は猛暑で劇的に変わった。毎年ことしのような気象が起きるならば、絶滅危惧種のイトウは、自然状態では絶滅する可能性もある。 |