313話 イトウの避暑地 

 

 例年のことだが20216月から7月にかけて、宗谷地方ではほとんど雨が降らなかった。濃霧が夜明け前から日常的にかかるが、それが消滅するとカンカン照りの毎日となった。当地は日本の寒冷地とはいえ、気温はじりじりと上昇し、最高気温が25℃を超える日々がやってきた。水温も朝でさえ20℃を超え、イトウをはじめ川魚が餌に反応しないことになった。

 イトウ釣り師としては、たとえ夏であろうとイトウを追いかけ、なんとかキャッチしたいと駆けずりまわった。水量が豊かな下流は、もう25℃以上の水温で、ルアーに鯉がヒットしたりする。一方、比較的に水温が低い上流を探っても、あまりの渇水に、湿原河川が山岳渓流のような河原が露出した有様に驚くだけであった。

「どうしたものか」と途方に暮れた。

 やはり中流に立ち込んで、「イトウの避暑地」を探すしかあるまい。40歳台の頃は、無尽蔵な体力で、長い遡行を苦にしなかったが、70歳台に現在は、とても身体がもたない。そこで比較的に川への出入りが容易な釣り場を選んで、ワンポイントに集中することにした。ヨシ原と河畔林に自分専用のけもの道をこしらえた。なんどか歩くうちに整備され数分で入川できるようになった。川は渇水のおかげで、膝から腰の深さで、透明度も笹濁り程度のよい濁りである。そこから川の真ん中を、釣り上がる。深山幽谷ではないが、両岸のうっそうとした河畔林は外界の人工音を遮り、野鳥と鹿の警戒音くらいしか聴こえてこない。釣り師の立てる音は、キャスト、着水、リーリングだけである。

 この水域で一番深い「刈り分け」ポイントは、さすがに突破できないが、そこが目的地なのである。

 数回足を運んだが、ずっと期待を裏切られた。ところが、7月中旬の暑い日、朝でも水温が22℃台後半になった日、突然「避暑地」が生まれた。

 最初は平日の夜明け直後、「刈り分け」に投入したレンジバイブに63㎝・3.2㎏がドシンと食いついた。久しぶりのまともなイトウに狂喜した。1匹で満足してそれ以上探らなかった。

 2回目は土曜日の早朝、同じレンジバイブを引いてくると、回収間際に50㎝・1.5㎏が飛びついた。この日は、さらに68㎝・3.5㎏が豪快に竿を曲げた。「ここはイトウの避暑地だ」と確信した。

 3回目は翌日の日曜日の同時刻だ。前日に荒らしたばかりなのに、投射してすぐズンと魚信があったが、すぐフックが外れた。その直後、50㎝クラスがヒットし、タモを出したところ、バレてしまった。魚影に驚き、さらにキャストすると、またイトウが食いつき、63㎝・3.2㎏をキャッチした。少なくとも3匹がいたのだ。

 「刈り分け」ポイントは、なぜが高水温になるとイトウが集まる。流域の他の場所より水温が少しでも低いのか、餌魚が豊富なのかイトウが好む場所であること間違いない。そうであれば、高水温、渇水の日々が続く限り、ここにイトウがいるのだろうか。私がニヤリとしたのは、ここに来る釣り人は皆無だからだ。