310話 イトウ第1号 

 

 黄金週間が過ぎ、イトウ産卵が概ね終了した52週目の週末、待ちに待ったイトウ釣りを始めた。コロナ禍でなにかと自粛しても、イトウ釣りだけはやめるわけにゆかない。現在の初老の自分がイトウ釣りに挑む意味合いは大きい。

 20215月のその土曜日は朝から雨だったが、決然と川へでかけた。私が定位置にしているヨシ原に立つ。半年ぶりに竿を振り、ルアーの着水音を聴く。リールを巻き、ルアーが水を咬む抵抗をしみじみ味わう。数回キャストすると、こわばっていたラインがスムーズに走るようになる。私の身体もほぐれていく。ちょっと一服してフィッシングベストの各ポケットになにが入っているのか、ひとつずつ確認する。そういった作業をしながら、いつの間にか釣り勘を取り戻していった。

 水面には小魚が集まっている気配はあまりないのだが、ルアーのフックにシラウオが頻繁に掛かることから、シラウオの群れが遡上して、水底に集まっていることを確信する。これなら捕食者であるイトウが居てもおかしくない。居るはずなのに登場しないのは、まだ魚影が薄いのだろう。

 翌日曜日、きょうこそはと早起きして、5時前には釣り座に立った。どんよりした曇で気温6℃、水温8.1℃。前日より若干増水し、川岸近くを泡が流れる。ゲン担ぎだが泡は吉報である。なにか胸騒ぎがした。

 上流側に3回投射したがなにも起きなかった。ところがふと足元を見ると、ヨシの生え際に泥煙が上がっているではないか。直前までイトウがそこにいた証拠だ。私は狙い撃つべく、岸際の下流方向にルアーを遠投して、ゆっくりゆっくり引いた。

「食え!」

5秒ほども経ったか、ドシーンと衝撃が伝わり、穂先が曲がった。嘘みたいに幸運なヒットだ。ヒットした地点は15メートルも下流なので、リールを巻いて魚を引っ張ってくる何とも言えない醍醐味がある。こいつは重いぞ。イトウはかなりの良型だ。

 私はGOPROを首から下げていることを思い出し、録画のボタンを押した。GOPROはことしから導入したが、うまく映るか楽しみだ。しかし、それからイトウを寄せ、疲労させ、タモ入れするまでの時間は短じかすぎた。イトウが浮上してから、強引に取り込んでしまったからだ。GOPROのカメラの方向もやや上向きすぎた。いつか最高のヒットシーンを撮りたいが動画撮影は今後の課題だ。

 第1号イトウは80㎝、5.6㎏のメスで、頭が小さく見えるほどぷりぷり肥っていた。シラウオをたらふく食ったのだろう。写真を数枚撮り、ヨシの根元の間に放つと、あっという間に逃げていった。

「第1号を予定通り釣った」喜びは大きい。ことしもイトウ釣りをひとつの日常のテーマとして暮らすことができるだろう。

 第1号ですっかり満足してしまい、川をあとにした。今夜食べるギョウジャニンニクを採取するためサロベツ原野に向かった。川沿いの土手を歩くと、砂地に刻まれたヒグマの新しい足跡を発見した。そこは深山幽谷ではない。牧草地のわきで、酪農家の建物が見えるような人里である。なんでこんなところをヒグマが歩いているのか。まさか真っ昼間には出ないだろうが、この瞬間もヒグマの出没が心配だ。私はにわかに怖気づいてギョウジャニンニク探しをやめてしまった。