第303話 ヒグマと遭遇 |
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宗谷でイトウ釣りをして31年目、ついにヒグマと至近距離で遭遇した。わが人生でも学生時代の登山で2回、稚内市更喜苫内で運転中の1回も含めて、4回目のことであった。しかし、ヒグマに対する知識がまるでなかった若い時代はともかく、稚内で定住するようになってから、長い期間でまだ2回というのは、自然豊かな宗谷に住んで、日常的にアウトドアに出入りしている身には、予想外に少ない回数であった。 7月11日土曜日朝は、雨後の河川増水からやや減水しつつある時間で、イトウ釣り師としてはかなり期待して釣り場に駆け付けた。牧草地を横切り、川のグリーンベルトに突入し、川岸に着いた。流れは幾分速く、色合いは透明にわずかに濁りが入った理想的なもので、水温も15℃台とベストであった。準備が整い、私はいつものように下流にバイブレーションルアーを投入し、逆引きした。いつドカンと魚信が来てもいいように、物心ともスタンバイしていた。 そのときだ。川幅15メートルの対岸からヤブを歩くガサガサという騒音が届いた。ここはエゾシカの通り道で、よくあることだった。ときおりキューンというシカの警戒音が響くが、この日はそれがなかった。シカは私に気付いていないとおもって、無視していた。ところが、突然群生するヨシの上に大きな茶色い頭が出た。シカではなくヒグマだった。 想定外の動物の出現で、びっくりしたが、次の瞬間には、恐怖と興味が同時に噴出した。私はすぐさま竿を置き、反射的に肩から下げた防水袋からオリンパスを取り出した。 川を間にはさんでいるとはいえ、至近の距離で、15メートルほどだ。ヒグマが私を襲うつもりなら、川など5秒で渡る。ヒグマは泳ぎが得意なことは、写真家の阿部幹雄がテレビ番組で報告していることから、私は知っていた。逃げても無駄だと直感した。ひとつ大事なことがあった。その日身を守る熊スプレーは持っていなかった。ここはヒグマが出る想定外だったからだ。つまり私は丸腰だった。こうなるとヒグマとの勝負は気合だけであった。こんな得難いチャンスなのだから、もうなにも考えないで、観察と写真撮影に熱中することにした。 ヒグマはさすがに大きく濃茶色の体毛はふさふさとして美しかった。後頭部と背中に白毛があり艶やかであった。食糧事情がいいのか肉付きがよかった。この時季単独行動しているヒグマだからオスだろう。岸辺を何かを探すように歩き、姿を隠したとおもえば、また出てきて、約30メートルの沿岸をウロウロと歩いた。私にはすぐに気づいたようだが、特にヒグマに緊張は走らず、むしろ知らん顔をしているような気さえした。一度水辺に顔を近づけ、まるで川を渡るような仕草をしたが、ためらった末にあきらめたようであった。川を渡ってこちら側に来たら、事態は一挙に深刻な局面になるのでホッとした。川が一番狭くなる部分では、背の高いヨシの向こう側で立ちあがって私を見た。耳がピンと立って、大きな顔であった。ヒグマが立ち上がる意味を知らなかったので、「いよいよ来るか」と緊張したが、その直後くるりと背中を見せて、ヤブのなかに去っていった。あとで専門家に聞いたところ、ヒグマが立ち上がるのは、戦闘態勢ではなく、目が悪いので、立ち上がってよく注視したいときの仕草なのだという。 こうしてヒグマとの遭遇は終わった。約5分間の濃密な時間であった。私はカメラに40‐120ミリのズームレンズを装着しているが、10回ほどシャッターを押していた。ヒグマと私の間に川があったことは、心理的には非常に楽になったことは間違いない。同じ岸辺にいてにらみ合った場合、写真撮影する心の余裕があったかどうか分からない。 さすがにヒグマが去ったあと釣りを再開する気にはならず、すぐに撤収した。車に戻って写真を点検すると、案外よく撮れていた。途端に大物イトウをキャッチしたような喜びが湧きあがった。 われわれは年齢70歳を超えると、日常生活で必死になる場面はほとんどないが、ヒグマとの遭遇は、数少ない必死の場面であった。5分間とはいえ非常に濃密で忘れられない貴重な経験となった。私はイトウ釣り師としてひとつのハードルを越えた気がした。 |