302話 新規開拓 

 

 イトウ釣りをはじめたころは、初めての釣り場を求めて、原始の川を歩きまくり、地形図に探索した区間を黄色のマーカーで塗って、釣行を重ねていった。まだ40歳台だから、釣りに割ける時間は少なかったが、その代わり無尽蔵な体力でカバーできた。

 70歳台のいまは、明らかに体力が落ち、新規開拓の意欲も薄れてきたが、いままでの「貯金」でポイントは知っているので、あまり努力しないで釣る方策に走ることが多い。

 ところが、ほぼ独壇場であった私の釣り場に、他の釣り人が来る機会が増えてきて、週末ともなると道央から来た車が停まっていることが非常に多い。私はアサイチとか、夕方といったゴールデンタイムに行くことがあまりないので、その場はすっかり探られ荒らされて、イトウは釣れなくなっているのである。そこで、地元民の強みを発揮して、水曜の早朝とか木曜の夕方といった遠征組には難しい時間帯を狙って行ってみると、驚いたことにすでに先客がいたりする。「こりゃダメだ」というわけで、釣り場を新規開拓することにした。

 いまは駐車場から遠いところは労力を要するので避ける。体力を使わず、しかも目立たないところで、釣ろうというわけだ。立ち込みではなく、ワンポイントの陸釣り場である。ヨシとササをかき分け、釣り場になりそうな平坦で、水際に近く、安全で、しかも他の場所から見えないポイントの開拓だから注文が難しい。以前から目をつけていた川が「への字」に屈曲する岬状のポイントに踏み込むことにした。釣り場に降りたのはいいが、登れないと困るので、得意のパラシュートコードも持参した。ところが現場に踏み込んでみると、案外簡単に崖下に降り立つことができた。ヨシやイタドリを折って釣り座を作る。水面ギリギリに立つこともできる。長めのランディングネットを持っていれば、取り込みも簡単そうだ。釣り座に立ち、上流側と下流側、さらに対岸側に遠投してルアーを引いてみても、根掛かりの心配はなさそうである。つまり川の水深は十分ということで、イトウが好みそうだ。これだけ知って次回は実釣することにした。

 週末の朝は雨あがりで適度な濁りが入り、水の流速も速く、期待がもてた。車を駐車し、わずかな距離を歩くと、釣り座への下降地点に達する。クマササを握って川中への滑落を防ぎ、ストンと釣り座に降り立った。川はいい感じに増水し、やや泡立ったストリームが足元を通過している。つまり魚の交通路が真下に位置するのだ。水温15℃はベストである。ふと上流側を見ると、ポカンと大きなライズリングが生まれた。魚がいる。私は釣れると確信した。

 96竿に25ポンドライン、ルアーはRANGE VIB80である。上流側にフルキャストした。ルアーはきれいに着水し、急速に沈んだ。ゆっくりゆっくり引く。VIBが震えていることが分かる。魚信なく水面に突き刺さったラインが近づいて、ピックアップ動作に入ろうとした瞬間、グググと重圧が掛かった。しかも根掛かりではなく、動きつづける。間違いない、ヒットだ。私は一投目のヒットに狂喜した。魚がなかなか浮上しないのでもしかして大物かと期待したが、姿を現すとそこそこの中型で、元気がよかった。ほぼ1mのタモ柄をもつランディングネットで余裕ですくえた。体長63センチ、体重3.1㎏のよく肥った幅広のイトウだった。

 自分が新規開拓した釣り場での初ヒットは格別にうれしい。しかしその後1時間ほどキャストを繰り返しても次のヒットはなかった。数匹もたまる場所ではなかったようだ。