第300話 やっと出た |
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シーズン当初、私は毎朝ホームリバーのきまった釣り座に立つ。釣れても釣れなくてもそこにいるので、まるで風物詩のような姿である。ことし最初は良かったが、そのうちさっぱり釣れなくなった。潮回りも徐々に悪くなり、朝の時間帯が上げ潮時になった。それでも釣れないことはないが、やはりベストではない。 週末ともなると、ホームリバーを離れて、遠征に出かける。湿原の川を歩くのだ。道路から近い、アプローチが容易な釣り場は、道央などから来た遠来の釣り人がいちはやく車を置いているので、遅出の私に入り込む余地はない。私は週末には「お手軽」ではない釣り場を渡り歩くことになる。 まず行ったのは、小さな流れで河畔林が繁茂する中河川である。春の川風景は美しいが、釣り方は非常に難しい。深くて川中は歩けない。やたらと沈木が多く、ルアーロスが激しい。しかしそこに待機しているイトウは大きくて、たまにヒットすると物凄い水柱が立つ。掛かっても取り込むのは容易ではなく、8割がたバラシで終わる。その日はまったく音無しで終わった。 つぎは、タンポポ咲き乱れる牧草地を歩いて入渓した。人里近い川だが、遡行の難易度はやたらと高い。まず深みが多くて、高巻きが必至である。川床にもぬるぬるの粘土質があり、転倒しないで歩くのがやっとだ。流木も沈木もそこそこあり、よくルアーを失う。そして困ったことに春先は、遡上魚がやたらといて、イトウが少ないのだ。その日は心身を立ち込み釣りに慣らすためにこの川を歩いて、高巻きを4回繰り返し、転倒沈没寸前で態勢を立て直し、必死で遡行した。やっとたどり着いた一番の大場所にいたのは、遡上魚であった。 いいかげん疲れて、さいごに本命の川に来た。いつもの目立つ空き地に車を停めた。「この川にはいま私が来ていますので、他の釣り師はまたにしてください」という意思表示である。それでも進入してくる人がいる。 私は水位からみて、たぶん釣れるだろうと予想していた。準備をして、河畔林を潜り抜け、入渓した。水温は14℃で、言うことなし。濁りが入って、水位もベストである。入渓地点がポイントのひとつで、最初から緊張する。1投目が勝負なのだ。 96竿にはTHORY4000番が搭載され、ラインは25ポンドナイロンである。ルアーはRANGE VIB80の定番だ。ひとつ深呼吸して、ルアーを最深部に投入した。すこし沈めて、やおら竿を立てた。なんと、その瞬間にドーンと食いついた。 ずーっと釣れなくて、悶々の時をすごした挙句に、待望の魚がヒットしたときは、雲間から急に一条の陽光が差したような気がする。水面をかき乱すモワーとした水流や、しっかりと重量感のある引きは、イトウ特有のものだ。1投目でのヒットは、よくあることで、2投目のそれよりはるかに多い。それだけイトウも渾身のアタックをかけるのだろう。しっかりと竿に乗った魚はほとんどバラスことはがない。あとはやりとりを楽しみながら引き寄せ、十分浮かせてからタモ入れした。イトウは66㎝、2.9㎏であった。 タモの中で数枚、そのあとグリップをかませて数枚の撮影をした。ヒットした場所の撮影もしておく。私は、イトウ1匹について、その本体と、釣り場の写真をセットにしてアルバムに整理している。 いくらイトウの釣り場に精通していても、毎回複数のイトウを掛けることは難しい。むしろ1匹釣れれば上出来だとおもう。やはり幻の魚なのだろう。 |