299話 シラウオの遡上 

 

 20205月、黄金週間が終わり、私がイトウ産卵の指標とする川での産卵が終わったと判断したので、川の下流部での釣りを開始した。

 朝5時に家を出発し釣り場に向かった。気温は8℃と十分に温かくなったが、南西風が叩きつけるように吹いて、ジャケットを着ても肌寒い朝だった。しかし私の釣り場はこの風には強い。背中側から吹くので、キャストには支障がない。川の流れとは直角に吹くので、うねりを生じることもない。水温は10.7℃だ。「釣れるぞ」と思った。なにしろ大潮で下げの時間帯なのだ。   

川面に小さな渦を巻くように小魚が群れていた。体長7センチほどの細身の小魚で、身体がスケルトンに近い白色で美しい。愛好者が生きたまま踊り食いをするので有名なシラウオだ。この川では毎年春にシラウオ漁をやる。例年なら毎朝決まった時間に漁師が船外機付きボートでやってくる。漁師は釣り師に気を使って、たくみに釣りのエリアを避けるように航路をとるが、船が生み出す波でほんのしばらくは釣りにならない。波が収まると、釣り師はすぐキャストをはじめ、イトウはあまり警戒する様子もなく疑似餌に食いつく。双方ともこの環境に慣れている。しかしことしはまだ漁船の姿をみない。

私がルアーをキャストして曳いてくると、なんとフックにシラウオが引っかかってきた。これは相当な数がいるに違いない。そうこうしていると、いきなり重量感のあるヒットと一気のランがつづき、ふっと軽くなった。おそらくイトウがスレ掛かりして、バレタのだ。これでイトウがシラウオを狙って来ていることがわかった。

20分ほどあと、上流方向に投げ込んだルアーにドンとアタックした魚は、さいわい外れなかった。ことし初めてのヒットで、私も髪が逆立つような興奮に巻き込まれた。しばらくして浮上したイトウは、大きくはないが小さくもない初ヒットにしてはちょうどよいサイズで、差し出したネットにきれいに収まった。第1号は71㎝、3.9㎏で、十分に肥っていた。私はまずネット内で全身を撮影し、落ち着いたところで、ヨシの根本の水面に横たえてまた撮影した。その面構え、ひれの張り具合、黒斑などを確認してから、沖合方向に放った。「ことしもいい釣りができそうだ」と釣りの神さまに感謝した。

10分後にこんどは下流方向にキャストして逆引きしたルアーにズンと乗った。2匹目は60㎝、3.2㎏の中型だった。さらに少し釣り座を移動して、30分後に3匹目の54㎝、1.9㎏をキャッチした。この川で一度の釣行で3匹を釣ったのははじめてだった。イトウのサイズが徐々に小さくなってきたので、これで最後かと思った。

ところがまだつづきがあった。30分後にドスンとヒットし、ジャーとドラグを鳴らしてフッと外れた魚は、大きかったようだ。なぜなら、ルアーのフックにかなりの大きさの鱗がしっかりと残っていたからだ。「ちゃんと狙って食ってくれよ」とスレ掛かりを嘆いた。その5分後に、こんどはしっかりと重い魚が乗った。「もしかすると8090か」と期待したが、4匹目は78㎝、5.0㎏であった。もちろん不足があるわけではない。こうして朝の1時間半の間にイトウが4匹も釣れ2匹バラシたのだ。文句などあろうはずはない。

その日は、夕方にもまた下げの時間帯があったので、朝の再現を期待して、またやってきた。シラウオは相変わらず群れていた。ところが、イトウは消えていた。まるで魚信はなく、静かに日が沈んだ。不思議だが、これがイトウ釣りだ。