295話 釣り師の老い 

 

 釣りは子供から老人まで等しく楽しめる趣味の王様である。例えばフナ釣りやサケのブッコミ釣りなどは、釣り人の動きがないから体力が衰えてもできる。しかしイトウ釣りは老境にはこたえる。まずなかなか釣れない。釣るためにかなり歩かなければならない。巨大魚がかかれば、体力勝負になる。こういった条件になると、高齢者には厳しい。

 私はいま70歳である。かつては一日10時間以上も川通しで釣りをしてもこたえなかったが、今では半日がやっとだ。とくにヤブ漕ぎ、難所の高巻きなどの体力を使う局面には弱くなっている。

さらに晴天ならいいが、雨や雪、強風に遭遇するとすぐに撤退する。悪い気象条件下での忍耐力が著しく落ちている。粘り強くキャストし続けることも苦手だ。何が何でも釣ろうという執着心がなくなっている。車を長時間運転することも嫌いだ。こうなると、どうしても短時間でポイントを攻めるスポット的な釣りが主となる。

 2019年はイトウ釣果が85匹であった。いまの年齢にしてこの釣果はまずまずであった。しかし、大物は釣れなかった。56月が予想外の渇水で、思いの外の貧果であった。この調子では年間50匹前後であろうかと案じた。しかし8月以降は盛り返した。それはこまめにスポットを巡る釣りをしたこと、往年の立ち込み釣りをすこし復活したことによる。

 かつて草島清作名人(故人)と大河の中州に並んで釣りをしたことがある。草島名人は当時75歳、私が55歳であった。大河に向かい、物干し竿のような長竿を振る名人の立ち姿は、まるで中国の水墨画のように美しく風格があり、おもわず見とれた。草島さんは元気だったが、さすがに長時間竿を振り続けることはできず、なんども流木に腰かけて休んだ。名人との流木でのイトウ談義は、私にとって至福の時間で、往年の巨大イトウ釣り話を夢中になって拝聴した。草島名人にも私にもイトウはヒットしなかったが、味わい深い釣りであった。

 かつて周の文王が太公望こと呂尚に出会ったとき、老いた呂尚はまっすぐの針に餌もつけず、水面上に垂らして釣りをしていたという。釣りをするふりをして、世に出る機会を待っていたのだろう。

私も太公望の端くれであるが、そのような野心があるわけはない。ただし老いたりといえども、イトウが絶対に食いつかない仕掛けで釣りをするほど虚心坦懐ではない。つねにイトウが掛かるのをひそかに待っているのである。

さて70歳台に入った私は、これからどんな釣りをすればいいのだろうか。大河の下流でいつ通るかもわからないイトウを待って、キャストをつづける根気はない。やはり川中に立ち込んで、ポイントを狙う移動釣りをやることだろう。それがいつまでできるのかは分からない。

30年以上もイトウ釣りを続けているが、釣りは奥が深い。まだまだ知らないことが山ほどあり、若い釣り人から想像すらしなかった釣法を教えられると試してみたくて興奮する。こういった好奇心と期待感があるうちは、まだまだ辞めるわけにはゆかないだろう。