291話 地元河川 

 

 毎年5月の黄金週間が終わると、イトウ釣りに着手する。すでに雪代も、イトウの産卵も終了し、イトウは下流にあるいは海に下り、荒食いをするころである。

 待ちに待った釣りをどこでやるか。それはやはりイトウの会のホームリバーである。この川に生息するイトウの絶対数が少ないので、めったに釣れない。それは分かっている。分かっているが、地元民のしきたりとして、あいさつ代わりにこの川に立つのだ。

 2019年も毎朝、左岸に立ちはじめた。べつにここが特別に釣れるわけではない。ただ釣り座からの見慣れた風景が好きなのだ。風はたいてい背後から吹く。陽は真正面から昇るので、逆光で川面がきらめく。長年踏み固めた釣り座の地面は固く、そこだけ笹もヨシも生えない。ルアーを上流側に一投、下流側に一投し、しばらくはこれを繰り返す。たまにカワガレイやウグイが釣れるが、そう簡単にはイトウは出ない。

 最近、カワウの群れが集まってくるようになったのが不気味だ。魚のハンターだから、釣り人にとってはライバルだ。水面に着水したと思えば、潜水し、けっこうな距離を潜って予想外のところから浮上する。50㎝くらいの魚なら丸呑みすることだろう。したがってカワウがいるとまずイトウは釣れない。

5月中旬になるころから、イトウのボイルが始まった。餌魚はシラウオ、イトヨなのだが、これらを浅瀬やワンドに追い込んで一網打尽に飲み込む。これが周期的に起こるとワクワクドキドキするが、ボイルの起こるポイントにルアーを投げ込んでもなかなかヒットしない。当然だろう。ルアーのような怪しげなモノより、ずっとうまそうな生き餌が群れているのだから。それでもボイルがあるということは、イトウが活動しているのだから、釣り師は夢中になる。

 毎朝イトウ釣りをやっていると、いろんな人が来る。この時季に長野から長期間宗谷の民宿に滞在して、イトウを狙う人。名古屋から来て、大イトウも釣りたいが、高知のアカメも気になる人。川沿いの小道を歩いて、私のところにやってきて、「写真いいですか?」とスマホでツーショット写真を撮って去っていった女性釣り師。なぜかこの時季に長期間宗谷に旅をする人たちがいるのだ。やはりイトウ愛好者にとってこの時季の宗谷の河川は、魅力的なのだろう。

 ところで肝心のイトウ釣果はどうかというと、芳しくない。私はほぼ毎日早朝に釣り座に立って、竿をふっているが、ことしの釣果は5月半ばの831匹のみである。他に同サイズのバラシが1回。その後はずっと沈黙がつづいている。転勤して今は札幌に住む大村が数日間やってきて、近くで釣り座を構えた。彼にも私の知るかぎりでは大物は掛かっていない。延々とキャストを繰り返す大村の姿を眺めながら、こちらものんびりルアーを飛ばした。べつに釣れて釣れなくてもいいといったおおらかな気分になる。

ことしは、川の水位が低め安定である。冬場の積雪量が少なく、雪解け後の降雨もわずかだからであろう。おそらくイトウは降海して、近海で餌をあさっているのだろう。いずれなにかを契機に川に遡上するに決まっている。そのタイミングで、私の前を通過すればヒットするだろう。