287話 ツキ 

 

 201811月第3週だった。毎年イトウ釣果百匹を目標にしているが、その日まで96匹で停滞していた。まもなくイトウ釣りのシーズンが終わろうとしていたのに、まったく釣れないのだ。イトウがどこにいるのかもまったく分からない。見失ってしまった。

 その日、私は午後から散髪に豊富へ車を走らせた。小雨が降っていた。豊富の理髪店に着くと、予想外の先客がいた。店で順番を待つのも馬鹿らしいので、そのまま川へ向かった。雨は断続的に降るが、なんとなく西の空が明るいので、止むだろうと予測した。

 川へのあいさつ代わりに、人気ポイントに行くと、平日のせいか誰もやっていない。そこで、牧草地入り口に車を捨て、川岸に立った。川は雨の増水と適度な濁りだ。風がなく、水面は鏡のようで、小魚が水面下でうごめいている。「これは釣れる」と直感した。ここを攻める私の流儀は、バイブレーションルアーを岸辺に沿って下流に放ち、ゆったりと逆引きするやり方だ。それを繰り返したが、一向に反応がなかった。それで釣り座を変え、遠投して引いてくると、軽い手ごたえがあって、小魚が掛かった。38㎝の小学生イトウであったが、目を白黒させて可愛かった。これも1匹は1匹で第97号となった。

 この釣り場を断念し、近在の別の合流点へ転進した。こちらは川幅が少し広く、大場所の観がある。春から夏にはまったく釣れないが、秋になるとイトウが集まる。理由は分からない。私はここに2つの釣り座を作っている。そこを行ったり来たりして1時間ほど釣りをやる。ここは渡り鳥のコースになっていて、サハリンから帰還したコハクチョウやオオヒシクイがそれぞれ編隊を組んで上空を飛ぶ。彼らも毎年おなじルートを飛ぶので、私を覚えている鳥もいるだろう。渡り鳥も釣り師もお互い晩秋の風物詩になっているに違いない。

 合流する支流からの流れがある場合は、釣れるので、そのうち来るだろうと思い、キャストを繰り返していた。なんといってもメインのポイントは2つの流れが混じる10メートル四方の一角である。

 20分ほどして、何の前触れもなく、確かな手ごたえで、魚が掛かった。こんどはしっかりと頭を振って、力強く走り回るので、イトウと分かった。うれしい限りだ。寄せてきて、落ち着いてランディングネットに誘いこんだ。60㎝・2.8㎏の高校生であった。計測や写真撮影に忙しくて、すぐ下流にボートが近づいているのに気づかなかった。どうやら、この場所で釣りたかったらしいが、私が先客として居座っていたので、戸惑っていたのだろう。ボートに走られると釣り場が一時的に壊れるので、私は知らんぷりして、また同じ場所にキャストした。するとなんと間髪を入れずにまた魚が乗った。どうやらイトウが複数匹集まっていたのだろう。今度のは、いっそう激しく動き抵抗した。62㎝・3.0㎏であった。これで今季のイトウは99匹となり、目標の百匹に王手をかけた。こうなるともう釣りを止めるわけにはゆかない。また同じ場所に投げ込んだ。するとボートは突然エンジンがかかり、なんとフルスロットルでくだんの合流点を突っ切り上流へと去った。

ボート釣り師も堪忍袋の緒が切れたらしい。大波が立ち、釣り場は荒れてしまった。ちょうど潮時なので、私も竿をたたみ、この場を去り、豊富へ向かった。理髪店の先客はいなくなったので、私が椅子に座った。こんなにタイミングよく短時間でイトウを3匹釣ることができたのは、先客がいたおかげであった。

 翌日の夕暮れにも同じ釣り座にやってきた。予想通りに46㎝がヒットして、私の年間百匹目となった。