286話 夏イトウ 

 

 一般にはイトウ釣りは6月あるいは1011月のシーズンにやるものと思われている。だがイトウがどの季節にも宗谷の河川に生息するのはあたりまえだ。盛夏になると冷涼な宗谷でも水温は20℃を超える。常識的にはイトウ釣りは無理だろうと考えるが、むしろそんな季節にイトウが集まる場所がある。高い水温のごく一部にわずかに水温の低い場所が在る場合、そこに魚類が集まるのだ。それは湧水であったり、小さな支流の流れ込みであったりする。

 8月初旬のある午後、そこへ出かけた。気温は21℃、しかし水温は23.2℃ある。それなのにそこには魚が群れていた。遡上したカラフトマスだ。それだけではない。ウグイもたくさんいる。それらの中にイトウも紛れ込んでいるはずだ。

すぐウグイがヒットした。それも53㎝という立派な魚体だ。「ウグイのひとのし」というが、最初のひと暴れはなかなか迫力があるが、その後はじつに従順にスーッと寄ってくる。つぎつぎにウグイを掛けては放し、そろそろ飽きたころだった。

ヤマメカラーのレンジバイブを遠投して、グリグリとただ巻してきたところ、20メートルほどの沖合で、グイと停まった。そこで大きくしゃくると、根掛かりではなく、生物感のあるグニャッとした反応があった。うん?と思う間もなく、ジジジとドラグが鳴りはじめ、竿先がおじぎをした。間違いないイトウが乗ったのだ。それも相当大きい。

さあ至福の時がやってきた。イトウは容赦なく沖合に走るが、ラインを引き出しては止まる。間髪を入れずにラインを巻くと、再び走る。そんなやり取りを数十秒つづけた。相手は大物なのだが、妙に緊迫した心理ではなく、この瞬間瞬間を楽しんでいるところがあった。

イトウはじわじわと近づいてきた。さんざん暴れてもバレないところをみるとしっかりフッキングしているに違いない。イトウが5メートル圏に接近したとき、タモを左手にとった。タモは川底に流木を突き刺し、それに引っ掛けておいたのだ。私はタモ入れが下手糞で、以前はよく失敗し、最後の最後に取り逃がした。それで、いまは直径80㎝のタモを使って、魚を真下からすくい上げることにしている。これならメーターまでは、ラクにすくえる。この日も、魚体を十分に近づけて、真下からズバッと一発で決めた。

大きな魚をキャッチすると、早く計測し、写真を撮りたい。しかしタモ入れ直後は暴れるためになかなかキチンと測れない。静まるまで待つしかない。メジャーで慎重に測かると97㎝で、メーターには3㎝届かない。体重はバネばかりでタモごと測り、タモの重量を引く。9㎏ちょうどであった。写真は、タモ内で数枚撮り、その後グリップをかませてから水中に泳がせて撮る。大きな獲物は抱っこ写真も残したい。私のオリンパスEM1-Ⅱは自撮り機能をもつ。モニターを180度反転するとラクに撮れる。もちろんセルフタイマー機能もついているので、単独でも抱っこ写真には都合がいい。こうして記録が終ると、しげしげとイトウの魚体を鑑賞してからリリースする。イトウもご苦労さんだった。

夏は宗谷でも温暖で、日没も遅い。美しい夕焼けを望みながら、あと少しもう少しとキャストを楽しむ時間が心地よい。その日没時がまさに夏イトウの釣れるゴールデンタイムなのだ。