266話  二度目のアタック


 その朝は日の光が射さなかった。どんよりと曇って、陰気な雰囲気が立ち込めていた。平日の早朝の河川に他の釣り人の姿はない。私の独り舞台である。

 川の岸辺がヨシの茂る半島のように突出した場所がある。その上流側がワンド状の浅場になり、イトウが小魚を追い込んで捕食する狩場となっている。私はさらに数メートル上流に立ち、イトウの回遊を待った。

朝の5時ころになるといつもはイトウが挨拶代わりにやってくる。その日も半島の下手からモワーと大きなライズリングが広がった。まだ射程距離内ではない。キャストを控えて、経過をみる。その間にルアーを伝家の宝刀バイブレーションに換えた。

イトウは浅場の水面直下をゆっくりと上流に向かってくる。巨体が生み出す波紋でそれがわかる。ドキドキする時間である。

イトウが半島の半ばまで遡上したとき、竿を振ってバイブを投入した。チャポンと着水音がして、ひと呼吸待ち、ゆっくりと竿を立ててリールを巻いた。その瞬間、ガボッと水柱が盛りあがり、竿が揺れた。「やった!」と叫んだが、急に抵抗が失せた。すっぽ抜けしたのだ。

 ふつうハードルアーで魚を掛け、フック外れしてしまうと、そのルアーに二度目のアタックはない。魚も学習するからだ。バイブはもう使えない。すぐさまMM13に取り換えた。しかしイトウは警戒するから、ほとぼりが冷めるまではヒットは難しい。

 先ほどアタックのあった場所から数メートル離れたところへMM13を投入した。バイブとは泳ぎがまるで異なるから、案外追いかけるかもしれない。それからなんどもキャストしたが、無反応で過ぎたので、もう駄目だろうと諦めかけた。

 10投目くらいだろうか、遠投してアタック場所をかすめるように曳いてきた。その時だ。ムンズとルアーを握りしめるようにイトウが食いついた。「うわー、乗った」と叫んだ。二度目のアタックがあったのだ。

 取りあえず5メートル範囲までリールを巻いて引き寄せ、相手の出方をうかがう。必死に潜っている。竿先がグングンとお辞儀をするのは、イトウ特有の頭振りなのだろう。私のタックルは11ft.竿、25lbラインと強固なので、釣り師の気持ちに余裕がある。やがてイトウの力が衰えて水面に浮上した。思いのほか大きい。90㎝ははるかに超えている。もう瞬発的な動きはないとみて、防水袋からオリンパスを持ち出し、左手に竿、右手にカメラで写真撮影をした。

 釣りも最終段階のタモ入れとなり、私は岸辺から水中に踏み込み、左手に大タモを構え、右手の竿を立て、腰を落として、イトウを水面を滑らせるように引き寄せ、一気にゲットした。MM13の腹のフックがしっかり下あごの角に刺さっていた。理想的なヒットだった。

 イトウは95㎝・8.5kgの立派な体型をしていた。タモ入れ場所が写真撮影には適当ではなかったので、タモにイトウを収めたまま20mほど移動した。上から横から斜めから撮影した。きれいな魚体だ。最後にオリンパスを三脚にセットして、液晶画面を180度反転して、自撮りモードにして、抱っこ写真も撮った。

 最後に尾びれの付け根をつかんで、ゆっくりと揺すりながら沖合へ放った。イトウは「やれやれ参ったなあ」という感じで尾びれを振って消えた。