265話  バイブレーション


 私はイトウ釣りシーズンが始まると、朝はホームリバーの同じ釣り座に立って大物を待ち受けている。上手の笹の下がえぐれて、そこにたびたび大物がやってくる。ときどき派手なボイルをして小魚を追っている。しかし私のMM13をはじめプラグタイプのルアーには見向きもしない。いるのに食わない状態がずっと続いて、なかばあきらめていた。

 この大物に関しては、1週間前もイトウの会の佐藤がしつこく自作ミノーで誘ったが相手にしなかった。エビを食っているらしいと彼が言っていた。エビの疑似餌など持っていないから、誰がやっても無理なのだ。

 5月最後の土曜日、いつもの釣り座に立った。20m離れて大村がいる。潮周りが悪く川の流れが停止した状態であった。笹越しに岸際を狙うもののなんの反応もない。「なにかいいものがないか」とルアーボックスを開くと、薄緑のバイブレーションがキラリと光った。それをつまんでスイベルにつないだ。ビューンと竿を振って、20mほど上流にキャストし、ドボンという重々しい着水音を確認した。

バイブは上流と下流に投げる場合、リールを巻く速度を変えている。順引きの場合は速く引かないと川床をこすって障害物に引っかかる。しかし水流が停止した状態なら、どちらも同じスピードだ。なかば眼を閉じてべた底を意識しながらユーラリユーラリ泳がした。バイブの水中での縦の動きと独特の震えがイトウを誘うはずだ。

 それは突然だった。いきなりゴツンと音がしたような気がした。反射的に竿をあおって追い合わせをくれた。11ft.のごつい竿の先が大きく揺れた。「来たぞー」と叫んでいた。25lbのナイロンラインの強度に自信があるので、ドラグはきつく締めている。逆転音はない。魚は約5メートルの範囲を所せましと暴れまくったが、これは軽くいなして、その引きを味わった。やはり道具仕立てへの信頼が余裕を持たせる。やがてイトウが水面に浮上した。メートル級に近いなかなかのサイズだ。防水袋からオリンパスを取り出して、水上に見せた顔を数枚撮った。イトウの動きが静まってきたので、左手に長タモを構えて、タイミングを待った。直径80㎝のタモ網を深く沈めて、イトウの反抗心を抑え、静かに寄せて一気にすくいとるのが私のやり方だ。いつものとおりイトウをタモ入れし、網の中で静まるのを待った。

 いつの間にか大村が来て、横に立っていた。写真を撮ってもらえるのは単独行の私にしては珍しい。「メーターあるかな?」とか「きれいなイトウだなあ」などとつぶやきながら、私は体長と体重を測定した。98㎝と8.6kgであった。ことし最大のイトウである。

 やっと大村の出番となり、私のカメラを手渡して、いろいろと注文をつけながら写真を撮ってもらった。さらにバイブレーションの効能について講釈を垂れた。黄金の時間を割いて、カメラマンを務めてくれた彼には災難だったかもしれない。

 1匹釣った私は、「じゃあまた」と言い残して、その場をすぐに立ち去った。経験上このポイントに2匹いることはないと見たからだ。大村はそこで粘ったがやはり不発に終わったらしい。