第255話 特別な川 |
6月下旬、宗谷北部で私が竿をぶっている川が、のきなみ不調となった。イトウ釣り黄金の月・6月だというのに、まったく食ってこない週があった。この危機を打開するには、川を替える必要がある。家からはちょっと遠いが、その渓流系河川に挑戦することにした。 源流部は確実にヒグマが徘徊していそうな川だから、まずは酪農家が点在するあたりから始めた。いつも目安とする樋門護岸部の淵がある。そこで水位、流速、濁度、水温などをチェックする。青黒くてまったく悪くない。しかし立ちこみできる水位ではない。 つぎに訪れたのは長い護岸の淵である。右岸側のテトラの上を跳び跳びで移動する。増水して流れは豪壮で、深さが2メートルはあり、落ちたら非常にまずい。ここではプラグでは底まで探れないので、ためらいなくバイブに変更した。上流側にフルキャストし、根がかりしない程度の深度を維持しながら、曳いてくる。魚信がなくてもなんどでもやる。10回目くらいで魚が竿に乗ってきた。やっぱり居たんだ。45㎝の中学生イトウだが、気をよくした。 さらに数回のキャストで、さきほどより重おもしいヒットあり。深みからルアーをピックアップしようとした瞬間に、食いついた。この重みが加わるタイミングがたまらない。イトウは62㎝・2.2kgであったが、流れが速いので少々手こずった。 テトラからさらに200メートル下流の回廊状の淵に移動した。青黒い淵底にはとんでもないモンスターが目を光らせているような気がする。淵頭にバイブを投入し、ここも底を意識しながらリーリングする。ドシンとヒットする。陸釣りであるから、魚を上から見下ろしているのだが、自分が転落しないように足場を確かめながら、タモ入れする緊張感がなかなかのものだ。イトウは57㎝だが2.2kgの太目であった。 この淵には翌日もやってきた。水位がわずかに下がっていたが、魚はさらに集まっていた。昨日の釣り座をその日も使用した。深い淵のへりにもヒタヒタの足場があるのだが、そこは粘土質で、滑ればたちまち水中に転落する恐れがある。以前はもっと大胆だったが、年を取って臆病になった。なんどか痛い目に遭ったからだ。 淵頭への1投目で来たのは禁断の外道だった。口が弱いのでよくバレル。2投目にイトウがヒットした。51㎝・1.4kgの標準サイズだ。50オーバーの魚はすべてバネ秤で軽量しているので、いまでは計らなくても大体体重がわかる。さらに数投目でまたイトウ51㎝・1.6kgが出た。下流方向へ遠投して、やや速度を落として引いてくると、またヒットした。頭を振っている様子からイトウだと分かるが、数秒でフックアウトした。 増水気味の川が徐々に減水していくとき、いつ立ちこみができるか、判断する区間がある。河畔の木の枝がせり出しているので、流されても木をつかんで陸にあがれる場所である。そこから入水して、水の中を歩けるか安全性をチェックする。そういうことを長年かかって学習した。 おそるおそる入水すると、案外浅かった。深度が分かると自信に満ちて歩ける。背がたたないところは、陸にあがって高まけばよい。高巻から再度川に入るときには、竿を使って水深に十分注意をはらう。 早瀬をバイブで引いてくると、小魚がスレヒットした。イトウ25㎝である。これも1匹は1匹だ。20㎝級はあまり釣れないから貴重だ。橋桁に流倒木がひっかかって、格好の隠れ場になっている。こういうところは見逃せない。ルアーを投入すると一発ヒットしたが、すぐバレた。 水中を遡行してその日最大のつき場にやってきた。護岸崩れの瀬はイトウの格好の居つき場だ。瀬の巻き返しのどこかに潜んでいるはずだが、こういうときは堂々と中央を引くと、おのずから食いつく。ここではバイブからプラグにルアーをチェンジした。荒瀬をできるだけゆっくり泳がして、確実にイトウに食わせたいからだ。瀬頭に投入して、ほとんど流れに任せて漂わせたところ案の定途中で食いついた。荒瀬の終わるトロ場でしっかり乗った。手ごたえがあると思ったら、67㎝・2.8kgのイトウだった。おりから陽光がさんさんと注いで、水中の透明度がよいので、イトウの下顎にグリップをかませて、防水カメラで水中撮影をした。 こんなふうに釣りを楽しみ、写真撮影でまた楽しみ、川中歩きは最高のひとときとなる。これもこの川の魚影が豊かで、しかも水の透明度が高く、安全に歩けるからだ。それこそ私の「特別の川」なのだ。 |