251話  Xディ


 イトウの会のホームリバーにはXディがある。ふだんはけっして簡単に釣れる川ではないが、年に一度だけ狂ったようにイトウがアタックする日がある。それには天気、風速、風向、気温、水温、日の出日の入りの太陽リズム、大潮小潮の潮汐など複雑な要素が絡む。Xディがいつ来るのか、それはなかなか予測できない。地元組でもあれがXディだったと過去形で語ることがほとんどだ。

 この時期、地元以外の遠征組の釣り人で、なかには大当たりをする人もいることだろう。しかしXディが週末に重なることは確率7分の2でしかない。地元のわれわれとおなじように釣りたければ、Xディの前後を宗谷で過ごすしかあるまい。地元民は、週末も平日も関係なく、夜明けから一二時間川辺に立ち、それからそれぞれの仕事に向かうことになる。そうして川に日参しても空振りでむなしく帰る場合が多い。

 Xディが近づくと、イトウの会の面々は、「そろそろだね」とほくそ笑みながら、道具の手入れに余念がない。使用する道具も自作のルアーから、ホーマックの安ルアーまでさまざまだが、それぞれに自信をもっている。各人とも釣り場の詳細な知識は恐るべきもので、イトウがどこのえぐれの下に潜むか、ルアーをキャストしてどこをトレースすると、どこでヒットするかも知っている。イトウが小魚を追い込むボイルの位置はほぼ決まっている。ただボイルの真っただ中にルアーを放り込んでもヒットは難しい。相手は本物の餌を食っているのだから、疑似餌を無視する場合もある。

 2015年もいつものように面々が川に並ぶ季節がやってきた。大村はどこの駐車場に車をどう停めるかも決まっている。いつもの川辺に釣り座を構えると、もうテコでも動かない。私みたいにあちこちふらふら移動する釣り人でも、それなりに釣果はあるが、さすがに巨大魚は出ない。やはりどんと錨をおろして、巨大魚を待ち受ける人にはかなわない。イトウも根負けして食いつくのだろう。

 イトウの会には釣りのセンスがいい佐藤がいる。いつもいい時間帯にいい場所にいる。サッカーでいえば点取り屋の泥臭いフォワードだ。ことしもイトウ狙いの初日で、いきなり96㎝・10kgを釣り上げた。仲間が大魚を釣ると、われわれは寄り集って撮影会をやり、祝福する。ただ釣れない方はちょっと悔しい。

 しかしことしは、私も調子がいい。肉離れのリハビリ期間ゆえに、あまり動き回らないのがよいのかもしれない。浅場の脇にどんと深場がよりそう格好のイトウの隠れ家を突き止めたからだ。1匹目は、足元の水際が泥煙で濁ったのを目撃して、一発で仕留めた。86㎝・6.4kgの良型だった。2匹目は翌日で、まったくおなじ場所を引いたルアーにゴンと食いついた。こちらは91㎝・6.6kgのややスリムなモンスターであった。

 さてXディがいつやってくるのか。明日かもしれないし、週末かもしれない。あるいは2匹目を釣った日がそうだったのかもしれない。Xディを語るにはとりあえず童心に帰って連日釣り場に通うしかない。