248話  早春の混沌


 毎年3月の声を聴くと北の釣り師はそわそわしはじめる。昼間の時間は加速度的に広がり、陽光は強くなり日中は室内を明るく照らす。しかし気温の上昇の速度は遅いので野外の雪はなかなか消えず、河川の解氷もおもったほどは進まない。気温が氷点をわずかに上回る範囲ではそれほど雪解けはすすまない。

 宗谷では厳冬期は氷上穴釣りでワカサギやチカを狙う。市内の声問川では色とりどりのテントが氷上にならんで、冬の風物詩となるが、3月になると氷が緩んで開水面も現れるので、傍からみても危険である。冬の海アメは宗谷の海水温が低いので、道南のようには釣れない。すくなくとも私は1匹も釣ったことがない。

3月なかば、イトウの会では近郊のアメマスの川で竿をふりはじめる。ようやく道路の雪が消えて、車の運転も快適になるが、まだ海から吹き付ける西風は強く、心地よい釣りとはいえない。水温はせいぜい2℃くらいで、河畔の雪はぶすぶすとぬかって、歩くのが容易ではない。川の蛇行によって、道路からうんと離れてしまうと、帰り道のラッセルの消耗が待っている。

3月末は職場の異動の時期でもある。イトウの会の会員もひとりふたりと転勤となり、稚内を去っていく。釣り仲間の新天地での活躍を祈る一方で、「ピークシーズンには車を飛ばして宗谷においでよ」と声をかける。チライアパッポさんのように、函館から大河に遠征してくる人もいる。まことにご苦労さんだが、宗谷でのイトウ釣りの感触は忘れられないのだろう。もちろん大歓迎だ。

4月初め、冬から春へダイナミックに移ろう季節は、写真の絶好の被写体に事欠かない。雪原が少しずつ解けて黒ずみ、浅い緑の原野が現れる。河川も結氷から、解氷、雪代増水と目まぐるしく変化する。ハクチョウ、オオワシ、ガンカモ類など野鳥も北帰行に慌ただしい。海に浮かぶ利尻山の白雪も、すこしずつ寝ぼけたような白色に変わる。山を背景にエゾシカが日本海の渚で群れている。

この時期、私はよく釣具店に出入りする。ことしも新しいタモ網を買い、ウエーダーを注文し、20個ほどのルアーを入手した。最近はバイブレーションがほとんどだ。まだまだ使うまでには時間があるが、手元にそろえておかないと気がすまない。店主から春の釣り情報を聞き出すが、まだあまりパッとした釣果もない。

3月から4月にかけて、宗谷本線に乗って天塩川をじっくり眺めるのが楽しみである。なにしろ道北の幌延町から士別市まで、大河は鉄路と近寄ったり離れたりしながらもその姿を惜しみなく見せてくれる。道北には観光の目玉として、利尻礼文サロベツ国立公園があるが、私は天塩川も立派な観光資源だとおもう。ダムが1基しかなく、北へ向かって悠然と流れる大河は、四季折々の花鳥風月をさりげなく見せてくれる。道北の季節の移ろいは、天塩川を車窓から見るだけで、満喫できるはずだ。

こうして首を長くしてイトウのシーズン到来を待っている。ことしは、雪解けが早いので遡上も産卵もきっと早まることであろう。暖冬明けのイトウの動きが分からないので、頻回に産卵河川に通うことになる。