246話  小春日和


 201411月はイトウがなかなか釣れなかった。10月末には車のタイヤをスタッドレスに交換して、いつ雪が降っても大丈夫と張り切っていたのだが。

11月半ばにいちど寒波が襲い、街も野山もすっかり雪化粧して、このまま根雪になるかと案じたほどだが、それは数日で解けた。

下旬には3連休があった。もちろん大いに期待して、あちこちと動き回った。一本の川をズドンと徹底して攻めるのではなく、ポイントの拾い釣りである。いまはラン&ガンなどと呼ぶらしい。車で移動する機動性がある釣りだが、大中小の河川を巡って、まったく坊主に終わった。「もしかするともうことしは釣れないかもしれない」と弱気になった。

1993年に風雪が収まったオホーツク海側河川に雪を漕いで出撃し、2匹の良型イトウを釣って、イトウ釣りに開眼した。その時期になると、当時のことを思い出す。南極から帰ってまだあまり年月が経っていなかったから、「宗谷の冬ごとき」と高をくくって薄着で釣り場を歩いていた。ジャンパー姿で雪まみれのイトウを抱いた写真が残っている。だからこの季節も捨てがたいのだ。

11月終盤になっても冬将軍はまだ到来しなかった。空は穏やかに晴れ、吹く風も優しい小春日和と呼んでもいい晩秋の日々だった。朝夕の斜め光線が照らすヨシ原は黄金の輝きをみせる。さる合流点に足を運んだ。止水域には薄氷が張っていた。水温は2℃台である。結氷の辺縁にルアーを放り込むと、いきなり根掛かりしたが、一瞬おいて根が動き始めた。「来た!」と思わず叫んだ。魚はスピードがないが、川床に張り付いているらしく、ほとんど静止している。ラインは小刻みに震えるが、走らないし、ドラグもまったく作動しない。「なにこれ」と不審と期待がないまぜになる。竿をあおってみると、多少浮上して水面がもモワーと膨らむが、魚は姿を見せない。相撲の水入りみたいな状況がつづいたが、やがて魚が動いた。一瞬、大きな尾びれが水面に出た。それは茶色で、尾びれの付け根にバイブレーションのフックが掛っていた。「鯉のスレ掛かり」と理解した。時間はかかったが、タモに収まった鯉は、71㎝ながら7kgの肥満魚だった。

だがその後、イトウがたてつづけに2匹来た。56㎝と62㎝である。ずっと釣れなかったイトウだから、うれしかった。

翌日は、まず61㎝が出た。なぜか同じようなサイズのイトウである。「今シーズンの最後か」と感慨にふけったが、別の合流点に立つと、まだ釣れそうな予感がした。そこでの3投目、根掛かりを恐れて早巻きしたバイブが、やっぱり根に捕まったと思いきや、重量を保ったまま動いた。右に左にと派手な走りだ。柔らかめのロッドは、ギュンギュンとしなり、激しく水面に突き刺さる。片手では支えきれずに、両手でふんばった。足元のえぐれに潜られないように、竿を突き出して、えぐれから剝した。あまり身を乗り出すと川への転落も心配だ。やっとタモ入れしたイトウは、66㎝ながら3.2kgあり肥って体高があった。河川中流でも餌魚は豊富らしい。

こうして小春日和の2日間で4匹のイトウを釣ることができた。いずれも60㎝台で、だからどうしたというサイズではないが、結構満足した。なにしろ私の苦手な11月なのだから。