第241話 増水の恵み |
川で立ちこみ釣りをしていると、気になるのは川の水位だ。「河川情報」で主要な川の水位を自動表示してくれるおかげで、自宅で居ながらにして川の様子を想像することができる。これは地元の釣り師より、遠くから遠征してくる釣り師には大きな恩恵であろう。 そこで一喜一憂するのは、雨である。週の前半のまとまった雨は大歓迎である。いったん増水してそれが引いてくるころ週末を向かえると、川は魚たちで沸き立っている。いっぽう週の後半、特に金曜日あたりの大雨は、「なんでこんなときに降るのだ」と不運を嘆くことになる。私は「河川情報」を日に3回以上は見て、釣りの作戦をたてている。 宗谷の河川では、大増水しても短期間で平常化する渓流系の川と、増水が持続する湿原系の川とでは、減水のしかたが異なる。私のドル箱河川は、1本が渓流系であるが、もう1本は湿原系である。それぞれの平常水位を把握しているが、他の水位のときのも川風景がたちどころに脳裏に浮かぶ。 川魚は基本的に川が増水しているときに下流から中上流へ遡上する。水環境は魚にとって宇宙そのものなのだから、宇宙が増大する雨季に活性化するのは当然だろう。ただし増水期には水勢が増し、水位も高く、釣りにはあまりにも危険なので近づくことができない。いつ川にはいることができるかは、釣りのタイミングとして最も重要なのである。NHKのアナウンサーが「川が増水して危険なので近づかないでください」と言っているころ、私はどこでどうやって川にはいるかと思案しているのだ。 川が減水期にあって、河川情報がある数字を示したとき、私は午後に休暇を取って、出陣した。1時間後には川にいた。スポット的な釣りポイントで様子をうかがったあと、ロングコースに入った。薄い濁りが入った最高の色合いだが、水位は平均して腰くらいで、遡行は厳しい。それでもできるだけ高巻きをしないで、じりじりと川を歩いた。なかなか魚は出なかったが、瀬のある小渕でイトウがヒットした。49pの中学生だ。ウエーディングパンツの中まで浸水した。そこで崖をよじ登り、車に帰った。 つぎに足を運んだのが、護岸の入った長い渕である。テトラの上に立っているので、深さは実感できない。下流から上流方向へワンキャストごとに前進する。はじめはディープミノーを使っていたが、魚信がない。どうやらもっと深く、川底近くを泳がす必要がありそうだ。そこで、バイブに変えた。稚内のナカムラ釣り具店で20個も調達した私の主要武器である。核心部にドボンを放り込み、根がかりを恐れずに深く保ったまま引いた。手元まで回収しようとしたとき、ドスンと食いついた。すかさず3回あわせをいれた。魚はたけり狂ったように走ったが、テトラの上に立っていたので、上から余裕でコントロールができる。魚が浮上したとき、その大きさが予想を上回っていたので、取り込み場所を心配した。タモがやや小さかったからだ。テトラには凹凸があって、凹部は水没しているので、そこをくぐらせて陸上げする作戦にでた。ルアーがコンクリートに当たってイトウの口から外れないように、素早くしかも慎重に寄せる必要があった。一瞬で凹部を通過させ、泥の川岸にズリあげた。いちどタモに入れて、体長85pと体重5.9kgを計測してから、グリップを下顎にかませた。驚いたことに、タモの中では暴れていたイトウが、グリップをかませて泳がしていても暴れないのだ。ことしから導入したグリップを初めて本格使用したのだが、なかなか使い勝手がよい。セルフタイマー抱っこ写真を撮る際も、スムースにできた。釣魚の口に一瞬で確実にグリップをかませる技術を確立したら、タモなしで川を歩くことができそうだ。 増水の恵みの2匹のイトウに満足して、帰途に着いた。 |