第238話 開幕祝い |
半年に及ぶ北国の長い冬が終わると、黄金週間はイトウ産卵観察と恒例の居酒屋でんすけでの開幕祝いが楽しみとなっている。広大な道北の早春の風物詩と、それを楽しみにする人びととの交流がうれしい。 2014年冬は積雪量が少なかったので、雪解け増水が早まるかと予想したが、4月が寒かったので、結局は例年並みの季節の進行となった。宗谷では黄金週間ころから、イトウの産卵が始まった。里の路面はとっくに乾いて、夏タイヤでも一向に構わないのだが、私は産卵観察に山へ出かけるので、なかなかスタッドレスを脱ぐことができない。 4月26日には、イトウ遡上が一番早いとされる川に入った。なんだが平年より水位が低く、こんなところへイトウが来るかしらと心配したが、樹木の生えた屈曲部の瀬にしっかりとペアが遡上して、掘り行動をやっていた。そこへ釣友から電話があり、「いまから出発するのですが、イトウは上っていますか」との質問あり、「いま見ているところ」と笑いながら答えた。 29日には、ササ濁りとなった本命の川でペアを2組見つけて、上流から下ってくると、にぎやかなラジオの音声が聞こえた。ラジオを熊鈴代わりにしているチライさんだ。「やあ」と声を掛けると、「いま目の前でやってる」と身振りで示した。それは私も先ほど確認した80オス・80メスのペアで、産卵放精が近いのかオスが小刻みに身体を震わせて、メスに産卵を促していた。ペアまで距離にしてわずかに3mほどで、薄日も差してシャッターチャンスである。チライさんは、三脚に動画用の1台のキャノンをセットし、スチール用の1台を両手で構えて万全の撮影体制である。私もお付き合いして、メスのヒラヒラする掘り行動と真っ赤なオスを撮った。 産卵行動の観察には友人たちとの情報交換が欠かせない。わりに近距離の何本かの河川で複数人が展開して産卵観察していると、携帯でやりとりして、絶妙なタイミングで情報を共有することができる。産卵の堀り行動、オス同士のメスをめぐる激しいバトル、さらには滝をジャンプするシーンが撮れればいうことなしだ。 イトウ産卵の季節は、野鳥の渡りの季節でもある。宗谷ではコハクチョウの群れが、風を読んで、一気に宗谷海峡を渡ってサハリンへ飛んでゆく。ガンカモ類がものすごい数で本州や北海道南部から飛来する。ことし上サロベツ原野にいたカモ(名前は分からない)の群れは、空を黒く染めるほどの巨大な数で、思わず車を停めて撮影した。ふだん根釧原野に生息すると考えられる丹頂のつがいが、この季節になるとサロベツ原野にやってくる。湿原居つきのオジロワシもいる。バードウオッチング好きにはたまらない風景だろう。 5月4日は、居酒屋でんすけに6人が集まった。チライさん一家、大雪イトウの会のふたりと私である。まずはビールでイトウのシーズンの開幕を祝って乾杯し、鍋物をつつき、あれこれと居酒屋料理を楽しんだ。みなさん黄金週間の貴重な時間をやりくりして、よくぞ日本最北市まで来てくれる。黄金週間といえば、東京を基点とする高速道路の渋滞がニュースになるが、道北ではどんな季節であっても渋滞など発生したことがない。日本海に浮かぶ白雪の利尻山や、まだ十分に茂ってはいないが湿原や原野の早春の風景を眺めながら、ゆっくりとハンドルを握るのは至福の時間である。 「こんどはイトウ釣りのシーズンにまた会いましょう」とほろ酔いで握手をして別れた。それは遠い先ではない。 |