第237話 2014年開幕 |
3月最後の日曜日、私は6時すぎに自宅を出た。まず行ったのは、北海道三大車窓風景のひとつといわれる宗谷本線の絶景ポイントである。車窓からは海岸道路と沖合いに浮かぶ利尻山をほんの10秒間ほど望むことができる。雪景色のそのポイントに立って逆にスーパー宗谷2号の写真を撮るためだった。時間どおりに来た列車をじっくり撮影した。線路が曲がるにつれて、スピードを落とした連結車両が蛇行して通過していった。 つぎの目的は、白雪の利尻山を背景にして、エゾシカの群れを撮ることだった。海岸道路には鹿の姿はなかったが、河口大橋下流の右岸の未舗装路を行くと、数頭が草を食んでいた。車で近づくと、ちょうど利尻山の頂上が見える段丘を逃げてくれたので、先回りしてシャッターを切った。鹿は逃げ場を失うと、天塩川に飛び込んで、対岸めざして群泳しはじめた。宗谷に長くいるが、見たことのない風景だった。 宗谷では白雪の利尻山は圧倒的な存在感で眼を引く。どこにいてもまず視界に飛び込んでくる。稚内市坂ノ下、庄内の丘、稚咲内などどこから望んでも絵になるが、姿はすこしずつ異なる。去年買ったニコンで存分に撮影した。 予定の撮影を済ませるとお昼になり、気温が上昇し河川の水温も上がる。この時季の釣りは午後からがよい。私はアメマスで名高い小河川に来た。水系は短いので、雪解け増水することもなく、ササ濁りで流れていた。水温は2.8℃。両岸ともまだ粗目雪が残る。 アメマスでも、イトウでも大魚は川床にへばりついていると思っている。春先のやる気のない大魚を誘うには、ルアーを沈めてべた底を引くのがベストであろう。釣友がやっているスプーンにシングルフックを取り付けるシステムで、フックにはできるだけ長いミミズ風のワームを付ける。これをキャストして、沈めて引くだけである。スプーンは18gから30gくらいまで時と場合に応じて選ぶ。 さて上流にキャストしては、ゆっくりと引いて川床を探った。スプーンがヒラヒラ踊っていい感じなのだが、魚信はまるでない。午後の日差しで、残雪はいっそう弛み、深くぬかるようになり、つぼ足で移動するのがしんどい。釣りをはじめて3時間、もう止めようかとおもった頃であった。平渕を引いてきてピックアップしようかという瞬間、一瞬リールのハンドルが止まったかとおもったら、足元でバシャと水柱があがり、確実に魚の暴れる反応があった。ヒットしたのだ。それからは、予想外の大魚のファイトに驚嘆し、浮上したサイズに「ウワー」と叫び、ランディングできる場所を求めて右往左往し、やっとのことでタモに流しこんだ。アメマスは66p、2.1kgの自己新サイズであった。ギンギラに輝いた美しい魚で、各ヒレがピンと張って大きい。海から遡上して間もないのだろう。 アメマスの1匹ですっかり満足し、そこで竿を納めた。雪原を横切り、道路にでて、春のたおやかな風景を眺めながら車まで歩いた。適度な汗と適度な疲労が、しみじみと充実感をもたらしてくれる。車に着いて、フィッシングベストを脱ぎ、ウエーダーを脱ぎ、竿とタモをいつもの位置に仕舞った。車に積み置いた缶コーヒーを飲み、夢工房のパンをぱくつき、ラジオのスイッチを入れた。ニュースでは、「消費税が8パーセントにあがる前のさいごの週末は、家電量販店もスーパーもまとめ買いする客で大賑わい」という。そういう週末とは無縁でよかったと思った。 まったく対向車のない蛇行する町道を心地よく飛ばし、国道に出た。風力発電の回転翼がひどくゆっくり動いていた。2014年最初の釣り日和は、こうして幸せに締めくくった。 |