236話  開幕待たれる


 北国の冬は長い。地球温暖化といわれて久しいが、最近ではむかしと違って、気象が変な動きをする。ことし吹き荒れた南岸低気圧なんて言葉は知らなかったし、関東甲信地方にあれほど大雪が降り、大きな被害をもたらすなんて予想もできなかった。

 いっぽう今冬の宗谷の積雪は少ない。3月初めで市内の主要道路から雪が消えている。もちろん寒暖の波はあるが、季節はずいぶん前倒しに進行している。

去年12月初旬に竿を納めてから、3ヶ月しか過ぎていないのに、もう1年も経ったような気がする。あと2ヶ月たつとイトウ釣りをはじめ、3ヶ月たつとシーズン真っ盛りになる。思えばもうちょっとの辛抱なのだが、なかなか我慢ができない。

 市内を流れる川では、氷上穴釣りがさかんだ。週末になると釣り車が20台も停まっている。あれだけ釣り人がいるのだから、ワカサギやチカはそこそこ釣れているのだろう。

 春になると最初に竿をふることになるアメマスの川へ偵察に行ってみた。まだ河口部は結氷していたが、中流では開水面が見られた。だが水温は氷点に近く、肝心の魚がいる保障はない。西から吹く風は冷たく、釣りをする意欲を削ぐ。私は冬の釣りは苦手なのだ。

 オフの間にいくつかの買物をした。魚の顎を抑えるグリップだ。大きいイトウを釣ったとき、放流するまで水中で泳がしておけるから、便利だろうとおもったのだ。新しいフィッシングベストも買った。ポケットがたくさんあって、あれを入れよう、これを入れようと期待が膨らむ。ルアーもたくさん入手した。ほとんどがバイブレーションだ。バイブレーションの威力を十分に感じ取ったから、ことしはこれを主体に釣りをしよう。いろいろ買物をしても、実際に使うのはまだまだ先のことだ。しかし、シーズンに入れば、釣り具を買いに札幌へいく暇なんかないから、オフに入手するしかないのだ。買い揃えることは楽しみだが、実釣で使う喜びと比べることはできない。

 釣り本も読む。へミングウエイの「老人と海」を読みかえしてみた。いったい何回目のことだろう。綱の先百尋の深さのはりに食いついたカジキマグロが、暴れることも跳ねることもしないで、沖方向に静かに断固として移動していく。船上の孤独な老人の独白がたまらない。結局老人は巨大カジキを釣りあげるのだが、サメに食われてしまい骨格しか残らない。

 2月、札幌フジフォトサロンで開催された大雪イトウの会の写真展を見た。ほとんどチライさんの手になる作品だった。釣り人しか撮れない見事なアングルのイトウがあった。私もオフになると、写真展を開催する。都会で個展をやるには、厳しい審査に通り、なおかつ会場使用料を支払うことになるが、稚内ではそういうわずらわしさがない。作品のレベルは高くなくても、大勢の人に見てもらえればそれはそれで満足だ。私はすでにイトウ写真展を20回以上開催した。展示した写真は延べ400点にもなる。

 オフにやっておくべきことは、体力づくりだ。これは一年中やっているのだが、冬場にさぼって身体をなまらせたら駄目で、冬こそ鍛えなければならない。

 冬の未明に街を走るのはきつい。路面は吹き溜まり、圧雪、アイスバーンと目まぐるしく変わる。風は常に吹いて地吹雪を巻き上げる。稚内の気温は氷点下10℃には至らないが、風のせいで耐寒温度は低い。そんな環境を毎日510q走る。月に150180qとなる。おかげで、体重はよくコントロールできているし、カゼはひかない。食欲はあるし、夜もよく眠れる。高齢者は夜間に目が覚めて眠れないと訴えるが、眠れなければ歩くか走るかすればいいのだ。疲れて床に就くとあっという間に寝付く。

 こうやって、オフシーズンを乗り切ると、やがて雪が解け、氷塊も流れ、またイトウが遡上してくる。うれしい季節が到来する。開幕はまもなくだ。