234話  12月の釣り


 2013年の12月初旬は暖かく、雪が降っても根雪にならずに消えていった。紅葉黄葉は強風で落下し、濡れ落ち葉となった。裏山の木立も冬枯れで丸裸のシラカバが目立つさびしい風景となった。市内を流れる川をほぼ毎日ながめているが、一向に結氷の気配がない。

「まだイトウは釣れるかもしれない」

 ある午後、身支度を整えて、川を目指した。気温は3℃だが、珍しくほとんど無風だった。豊富で大人気のパン屋に寄って、調理パンをいくつか買った。それを頬張りながら、川へ向かった。日本海は曇って山が見えない。

 最初の釣り場に入った。原野に雪や氷はあるが、ごくわずかである。流れは水位も色合いも透明度もわるくない。水温は2℃だ。ラインにバイブレーションのルアーを結んで、もっとも期待のもてるコースで泳がしてみたが、反応がない。

「イトウは冬眠にはいったのか」

 冷えてしまった指先を手袋の中で屈伸しながら車に帰った。すぐ近くの合流点に移動した。さすがに釣り人は誰もいない。この岸辺にはヨシが水中から生えているので、立ちこみしたくない冬場は、水面から離れてキャスティングしなければならない。ヒットしたときの備えに、振り出しのタモ柄をめいっぱい伸ばした。

 水温は1℃ちょうどだ。まったくの凪で、水面にはさざ波さえ立たない。対岸のヨシ原がきれいに水面に逆立ちして映っている。

 フルキャストすると対岸に届いてしまうので、加減しながら投げた。水深はほぼ把握しているので、バイブレーションルアーを川底で泳がすことができる。できるだけゆっくり釣り座から扇形に丹念に探りをいれるが、なんの魚信もない。

釣りはじめて20分がすぎたが、音沙汰がなかった。

「やっぱり下流部に下がってしまったのかなあ」

 もうこれまでかと内心おもいながら、本流と支流の角を狙って放り込んだ。すぐに根に掛かったとおもいきや、生物反応が穂先に伝わった。魚が掛かったのだ。

「大きくはないが、小さくもない」

 胴調子の柔らかい竿は小気味よく曲がった。ドラグを鳴らすほどではないが、右に左によく暴れる魚だ。浮上した魚はアメマスではなく、立派なイトウであることを確認すると、これはバラさないぞと、慎重になった。伸ばしたタモの出番がきた。岸からヨシを越えた水面に寄せたイトウを、身を乗り出してすくった。体長63p、体重2.7kgのきれいなイトウがびっくりしたようににらんでいた。

 12月にイトウを釣ったのは2008年から5年ぶりのことだった。その5年間は、仕事の都合で、12月に釣りをする機会はなかった。ことし暇になってやっとその機会がめぐってきたのだ。その唯一の機会に得た珠玉の1匹であった。

その後も12月の釣りをやる機会を探っていたが、3回あった週末のうち、2回は釣りどころではない風雪もようとなり、1回は所用で札幌へ出かけた。そのため釣りを試みたのは、1回だけに終わった。それでも1匹釣れたわけだから、よしとしなければならない。

 冬の釣りは寒くて当然である。気温も水温も氷点に近い。かつて、半ば凍った川に立ちこんで、ルアーを投げると、ルアーのフックに氷がよろいのようにこべりついた。そのため、魚がヒットしても、フッキングが甘く、きっちり刺さらなくてバレるのだ。結氷した川で氷盤を踏み抜いて、オンザロックの川中に沈んだこともある。つらくて危険な冬の釣りである。それでも恐れを知らぬ少年のように、あちこちを歩き回った。それはもうずいぶんむかしのことだが。