227話  シーズン当初


 毎年のことだが、5月末から6月に月変わりするころ、イトウ釣りは佳境にはいる。私はもちろん、イトウの会の若者も明けても暮れても「イトウを釣ること」を考えている。

 われわれは、地元民であり、北国の朝は3時には黎明時を迎える。釣りは週末だけのものではなく、できれば日常に組み込んでしまう。私の場合、3時になると自動的に目が覚める。釣り以外の日常業務はランニングで、これは必ずやる。5qから6qを走り、脳内ホルモンが分泌し精神が高揚したところで、「さあ行くぞ」と川へ出陣する。週末はにぎわう川も、平日には遠くにひとりふたりといった感じだ。

 平日は大物狙いの定点釣り、週末は数狙いの移動釣りが私のピークシーズンの戦略だ。平日の朝釣りはわずか1時間ほどであるから、たいていは釣果なしで終わる。それでも満足する。竿を存分に振り回すことが目的なのだ。

5月末の平日朝に、いつもの岬に立っていた。下流に遠投したプラグが、半ば戻ってきたころ、ドスンと魚が食った。直径80pの大タモなど要らないほどの中型だったが、肥ったイトウで、68pあった。

意外なほど簡単に来たので、弾みをつけて、翌日も川へ出かけた。快晴無風、川面は油を流したような鏡面である。右もボサ、左もボサという釣り場に立って、川を眺めていると、上流側の浅場で渦が巻き、小魚が四方八方へ跳び散って逃げ惑った。ボイルが起きたのだ。ルアーの十分な射程内で、「いただき」の距離だ。さっそく得意のルアーの集中砲火を浴びせたが、まったく反応してくれない。そこで少し寝かせることにした。10分後に岸辺から2mの沖合いをゆっくりゆっくり泳がせて、ピックアップ寸前になったところで、魚がガバッとかぶりついた。ビンゴである。11ft竿が揺れながら半月に絞られ、リールが激しく逆転した。かなりの大物だ。しかし私のタックルもヘビーなので、安心して、岸辺の高みからファイトの撮影の準備を始めた。余裕がありすぎて、ちょっと油断した瞬間、イトウは猛然とジャンプして半身を露わにし、激しくヘッドシェイクした。口からルアーが豪快に跳ね飛ぶのが見えた。

 週末の朝は、わりにゆっくり出陣する。シャワーを浴び、ひげも剃り、コーヒーを沸かして飲んでいく。コンビニでおにぎり、パン、飲み物を調達する。アサイチから順に突入する釣り場は決めてある。原野や湿原など体力勝負のルートは、疲労のない早いうちにたどる。

茫々とした草原に着き、準備を整えていると武者震いが起きる。背丈までも伸びた野草をかき分け、ルートを造りながら、ゆっくりと川へ進入する。やがて見えてくる川は、濁っているわけではないのに、泥炭のタンニン色のため黒ぐろと流れている。いたるところがイトウの潜むポイントに見えてうっとりする。

川はまだちょっと水位が高いが、なんとか川中を歩ける。去年から使いぱなしのウエーターに小さなほころびがあるのか、股から浸水して冷たい。それが気にならないほどの水温になったことに感謝する。まず34pが来て、つぎに43pがかぶりついた。中高生のイトウがたくさん居ることがうれしい。毎年きまった川を同じルートで辿っていくと、風景がすこし違っていることもあるが、ほとんど変わらない河畔林もある。泥壁をよじ登って疎林帯にあがると、まず深いおじぎをする。フィッシングベストのあらゆるポケットに浸入した水を吐き出させるのだ。まだ十分育っていないイタドリの群生をかち割るように小径をつくりながら、車に帰還した。

こうして2013年のシーズンがはじまった。いつかは来るはずの大物や、ドラマチックなシーンに想いを馳せながら、国道へとつづく道をゆっくり運転した。