225話  2013年第1号


 毎年のことだが、イトウ産卵観察からイトウ釣り開始のころはばたばたと慌しい。山にイトウを見に行き、イトウが居なくなると、里にくだって釣りをはじめるのだ。どちらも好きなことで、順位をつけられるものではない。

 511日、どんよりとした曇り空で、東風が吹いていた。まずダム下へ行ってみた。堂々たるイトウのオスが2匹いたが、数は減っていた。さらに峠を越えて源流部に踏み込んだ。イトウが障害物をジャンプで越えていくシーンを撮りたかったからだ。源流部はまだ残雪が豊かで、川の水位は低く、イトウはジャンプができないほどだった。産卵はまだこれからなのか、もう終わったのか。容易には判断できないが、多分後者であろう。1週間前にジャンプしたとの報告を受けていたからだ。

 峠を駆けおりて里に下った。まずは1本目の川を偵察した。川幅いっぱいに茶色の雪解け水が膨れあがり、渦を巻きほとばしっていた。ふだんの水位より1mは高く、誤って落ちるとかなり危ない。しかし釣りを試みることにした。

 8ftの竿を取り出し、リールを巻いてみた。去年からリールもラインもルアーまでの付けっぱなしだ。フィッシングベストを着用する。どのポケットに何が収納されているのか、一つ一つ確認した。熊スプレー、熊鈴がセットされているベルトを腰に巻いた。そこに短柄のタモを差す。カメラバッグもたすきに掛けた。けっこう重い。

 農道を下って、合流点から釣りあがる魂胆だが、もちろん川に立ち込めないので、川岸を釣り歩く。キャスティングは1投で勘を取り戻した。流れが重く速いので、重量のあるバイブレーションのルアーを使う。混濁した流れから大魚が突然出現することを期待したが、それはなかった。

 車に戻って腹ごしらえした。パンやスナックや携行食、お茶、コーヒーといった飲料水も十分にある。これから長いシーズンだから、いつでも出陣ができるように車載で準備している。

 2本目の川に移動した。こちらも増水して、濁っている。南よりの風が吹いて、波だっていた。川幅は25mあり、緩やかに蛇行している。合流点に立った。竿は9.6ftだ。思い切り振りかぶって、存分に投げた。重いルアーがぶっ飛んで、小気味よい着水飛沫が上がった。ゆらりゆらり底を探りながら、スローで巻いた。水底にあまり障害物はないようだ。上流側から飛来した大きな鳥はどうやらオジロワシだ。さっそく一眼レフを構えて撮影したが、飛んでいる鳥を捉えるのはむずかしい。

 20分ほどして、上流側から岸沿いに引いてきて、あと数メートルでピックアップというところで、ガツンと来た。思い切り2度合わせた。竿先からグングン伝わる生命感がうれしい。時おり魚が沖合いに疾走して、ラインが引き出された。そのジュジューと鳴る逆転音がまたうれしい。引きを両手で味わいながら、タモの準備もした。立ちこんですくおうと思い、川に右脚を突っ込んでみたが、水底に届きそうにないので、慌てて引っ込めた。魚が浮上し、おとなしくなったところで、するすると岸辺に引き寄せて意外と簡単にタモ入れした。

 今季第1号イトウは、57p、2.5kgのギンピカで、肥っていた。婚姻色はどこにもなく、体長からしても産卵には関与していない個体だろう。毎年飽きるほど釣ってはいても、シーズン最初の1匹は格別のものだ。直径80pの大タモの中にイトウを泳がせ、しげしげと悦に入って眺めた。数枚の写真を撮り、イトウを解放した。

 シーズン初釣りの日に第1号が出て、まさに好発進した。春の幸せ感は全開だ。釣りは1匹で十分なので、ギョウジャニンニクをレジ袋1杯収穫して、さっと引き上げた。