224話  25年目のシーズン


 2013年のイトウ釣りシーズンがはじまる。5月になって、雪代が落ち着き、川が手招きするように薄いベージュのササ濁りになるともう我慢ができない。

イトウ釣りをはじめて25年目である。記録に残した釣果は2012年末で1601匹である。1989114日の夕暮れどき、1匹目の60pを釣った素朴な驚きと感動はもうない。いまでは掛かった手ごたえで、60p級であろうと分かるようになった。

毎年、ことしはこういったイトウの釣り方をやろうとか、あの川に新ルートを開拓しようとか思案をする。だがいざ本番となると、私は安易に釣れる川に出陣し、おなじようなルートでおなじような釣果を重ねている。それでもそこそこの結果が出るので、あえて冒険をしなくなった。

 イトウはやっぱり魅力的な釣魚である。川釣りを志すひとは、いつかはイトウを釣りたいと思っている。管理釣り場でもイトウを放流するとお客さんが増えるらしい。「幻の魚」というブランドの人気は衰えない。

 宗谷はイトウのメッカだ。多少の差はあっても、たいていの川にイトウは居る。有名河川に釣り人は集中するが、その脇の小川にもいることは居る。だがせっかく遠くから来て、ちんけな川では竿を振りたくないだろうから、やっぱり有名河川で釣るのだろう。

イトウがイコール巨大魚と思い込んでいる人も多いが、イトウが最初から大きいわけがなく、10p級の赤ちゃんから、メーターを超すモンスターまで、川のあちこちに棲み分けている。ちょうど中くらいの型が主として生息するあたりが私のフィールドなので、釣魚の平均値が約50pである。もちろんそこに大小の魚も混じる。

2012年夏にイトウの会女性会員を連れて、中河川を歩いた。彼女はイトウを釣ったことはなかった。私は「イトウは出ることは出るが、キャッチできるかどうかは別」とおもっていた。ずっと先を歩かせて、後ろからあれこれとアドバイスをしたが、なかなかヒットしなかった。まちがいなく居るはずの大場所2ヵ所で、魚が出なかったので、念のため私が代わると、38pと75pがかぶりついた。やはり居たのだ。

そこで、「ここは絶対ポイントだから、黙ってできるだけ遠くへキャストしろ」と指導した。ルアーは15mほど山なりに飛んで着水した。ちょっとぎこちないリーリングながら、半分ほどラインを巻き取ったところで、竿が突然おじぎをした。「きたーっ」と彼女は叫び、私はタモをもって動き回るラインを追いかけ、ついにすくい取った。イトウは30pの中学生であった。その抱っこ写真は、メールに添付されて友人知人に送付されたらしい。初めてイトウ釣りをした日に、実際に釣ったことは自慢してよい。よほどの好条件がそろわなければ、できることではないが、一番大事なことはイトウが居るところで、竿を振ることだ。 

私にとって25年目のシーズンを、どんな釣りで過ごすのか。いままでどおり数をねらうのか。巨大魚の一発に賭けるのか。自分にとって未踏の川を探るのか。初心者に1匹を釣らせるのか。それとも虚心坦懐になって、飄々と釣り歩くのか。

先日、写真家の阿部幹雄と会った。彼は会社を興して忙しいが、「3冊目のイトウ本を作りましょうか」と言う。そういう釣り旅は、ことのほか楽しいことは分かっている。

ともあれ、間もなくシーズンがはじまる。わくわくどきどきする。