222話  シーズン開幕直前


 イトウ釣り師にとって冬のオフシーズンは長い。およそ12月から3月まではまったくの空白の時間となる。その間私は竿を持つこともなく、ルアーやタモといった道具を作ることもない。せいぜい早朝のランで身体のコンディションを整えておくくらいだ。

 ことしは宗谷に限らず北国はなんども厳しい寒さと暴風雪に見舞われた。日本最北の地稚内ともなると、大荒れ天気で陸路は閉鎖、鉄路は運休、空路と海路は欠航となり、事実上陸の孤島となる。とくに32日の発達した低気圧は、北海道で9名もの死者が出る惨事をもたらしたが、宗谷でめだった事故が発生しなかったのは、住民が暴風雪の怖さをたびかさなる経験で熟知しているからだろう。

厳しい冬は宗谷に例年にない積雪量をもたらした。この春の雪解けは長引くだろうし、洪水も起きるかもしれない。しかしその雪代を遡って、黄金週間のころには、婚姻色に染まったイトウが産卵に昇ってくる。

イトウの会では、二人三人と連れ立って産卵観察にでかける。遠来の釣り師でもこの時期は、竿の代わりにカメラを手に、源流をめざす。釣りの場合は、源流の1カ所に数人も集まることはありえないが、観察の場合はよくあることだ。ホームページゲストのチライさんFujiさんやtorakoさんは、イトウの産卵河川の探索に余念がなく、毎年きわめて有力な情報を伝えてくれる。

開幕前の楽しみはイトウだけではない。愛車を走らせて要所要所で春恒例の風景写真を撮影する。毎年のことだが庄内の丘から望む白雪輝く利尻山の端正な姿を撮影しないわけにはゆかない。湿原河川の解氷も好きだ。橋の上から見ていると、畳ほどの氷塊がでんぐり返り、枯れたヨシをのせたまま流れていく。

海岸道路をゆっくり走っていると、運がよければ、利尻山を背景にエゾシカの群れを目撃することもある。宗谷海峡北上を控えたオオワシやオジロワシも天塩川の岸辺に集結している。高機能の一眼レフデジカメと望遠レンズが欲しいところだ。

遠別川の土手には特別に大きな芽をもつヤナギがある。私は勝手に「遠別ヤナギ」と呼んで、小枝を何本か持ち帰る。暖かい部屋に活けておくとビロードの芽が一気にふくらみ、その春の息吹に心が湧き立つ。

冬の間ごぶさたした豊富の喫茶店や食堂にも足を運ぶ。イブホワイトでドリップコーヒーを味わい、松竹でカツカレーを食う。風呂ぎらいの私でもたまには豊富温泉の石油臭い湯にひたる。夢工房のパンはあいかわらず人気だし、レティエのアイスクリームもうまい。

春の到来は北国の住人にとって待ちに待った喜びであるが、なんといっても冬には会わない人びととの再会がうれしい。居酒屋でんすけのいつもの席で、先にちびちび飲んでいると、ひとりまたひとり釣り友が引き戸を開けてやってくる。ビールでまずは開幕を祝い乾杯、つぎに芋焼酎黒丸で、寄せ鍋をつつく。

みなさん凄腕のイトウ釣り師なのだが、チョコレートパフエをごちそうしてもらったこどもみたいな笑顔を見せる。各人の自慢のイトウ写真を拝見する。あのジャンプ台の水位はどうか。ことしのヒグマの足跡はどうか。120pはありそうなやつが遡上したとか。他の客が聞いても理解できない極めて特殊な会話でもりあがる。

さてことしもそろそろ開幕だ。どんなシーズンになることやら。イトウの会ホームページを見ていただいているすべての釣り師に、幸せな日々が訪れることをお祈りする。