第218話 大河結氷 |
最近では11月下旬から12月にかけて出張が多く、私は毎週のように宗谷本線のスーパー宗谷やサロベツという特急列車に乗っている。指定を取って必ず坐るのが、D席である。宗谷本線は、車両連結の組み換えがないので、D席は上りでも下りでも天塩川をまじかに見る特等席となる。 初冬の楽しみは劇的に移りゆく原野の風景である。黒い茎だけになったイタドリが乱立する寂寥とした原野が、いつしか薄い雪を被ってすこし温かみのある風景と変わる。 稚内を発って1時間もすると幌延に着き、この駅をすぎると、まもなく大河天塩川が進行方向右手に堂々とすがたを現す。両岸が河畔林で守られたいまでは日本でも希少な川だ。私は窓に顔をこすりつけるようにして、天塩川を見つめる。シーズン中のさまざまなシーンが走馬灯のようによみがえってくる。 初冬のころなら、要所要所で川中に立ちこんでいる釣り人を見ることができる。おそらく水温は氷点に近く、ウエーダーをはいているとはいえ厳しい寒さに耐えているにちがいない。彼らのすがたは、凛とした冬景色に溶け込んで絵画のようにうつくしい。 宗谷本線の車窓の天塩川はどこも魅力的だが、なんといっても第一位は、問寒別川合流点を上り列車から眺めた図だ。大河はゆるやかに蛇行し、そこに直線的に問寒別川が注ぎ込む。12月半ばに完全結氷すると、風景は白一色で大陸的であり、もはやシベリア的といっても過言でない。 私が好きな風景に、神路(かみじ)がある。広々として明るく輝くような冬景色である。いまここでは高規格道路の建設工事が行なわれているが、川そのものがいじられているわけではない。ゆったりと流れる渕で、おもわず巨大魚を連想する。 筬島(おさしま)のちょっと下流に、天塩川で有数の大屈曲点の大渕があり、いまでは松浦武四郎が北海道を命名した地点として名高い。夏場は観光客も訪れるスポットだが、冬は孤高の地である。屈曲点には小さな島があり、結氷期にはキツネの足跡が見られる。大渕はどう見ても絶好の釣り場なのだが、ポイントに近づくには鉄道線路上を歩かなければならない。もちろん禁止である。線路上に列車が通りかかると、映画「スタンドバイミー」の状況になる。少年たちが列車に轢かれそうになるシーンだ。 厳冬の天塩川でも結氷しない場所はある。 瀬や水勢のある渕などである。そういった場所に面した太い樹木にはオオワシやオジロワシが静かにとまっている。車窓から野生の猛禽類を観察できる醍醐味は、宗谷本線ならではのものだ。オオワシが列車と平行に飛ぶこともあり、おもわずカメラを向けたくなる。 最近では、天塩中川から音威子府の間でエゾシカの出没も激しく、冬場になると線路上で列車との衝突もたびたび起きる。JR北海道では鹿との接触を避ける名案をもっていないようで、運転手が警笛を鳴らし、減速するだけだ。それでは急な飛び込み衝突は避けようがない。道新によると、この冬、特急サロベツは一回の運行で3度鹿をはねて、2時間も遅れたそうだ。 大河の水温が氷点に近づくと、車窓からも水の粘度が高まり、ねっとりしているのが分かる。川中にはいるとフラジルアイスというふわふわした氷の塊が流れるのが見られる。やがて蓮葉氷が現れ、それらが集積して徐々に水面を覆う。いっぽう流速の遅い岸辺からも結氷がはじまり、いつしか水面全体を氷が覆いつくす。そこに降雪があると、一面雪原と化すのだ。 宗谷本線で稚内〜札幌間を乗ると、約5時間もかかり、さすがに疲れるが、冬季の天塩川だけは見飽きることがない。釣り師もいちど乗車してみれば、釣りに役立つさまざまな発見をするにちがいない。 |