第217話 晩秋の渕 |
予想したとおり11月初旬は風雨が荒れ模様で、川は氾濫危険水位に近くまで増水した。そのため週末に釣りにでかけてもまったく魚にはかすりもしなかった。さすがに2週間連続して釣果がゼロを連ねると、もうことしは釣れないかもしれないと弱気になった。 第3週の土曜日も雨だった。しかし救いは川が減水しつつあり、風が収まっていたからだ。私は車を運転し、荒井姓のころのユーミンを聴きながら、まっすぐ目的の渕に向かった。牧草地は長くつづいた雨で大量の水分を含み、落葉が泥にこべりついて無残な姿をさらしていた。枯れたイタドリの茎を踏み倒して、渕を見下ろす崖の上に立った。 「釣れる」とおもった。 去年のいまごろもここに来て、かなりの大物を一発で掛けたのだが、足元まで寄せてフック外れを食らったのだ。そのときの水位、水の濁り、周囲の木々の枯れぐあいがあまりにそっくりだったからだ。 崖を慎重にくだって、川岸にたどり着き、竿先を流れに差して深さを測った。大丈夫だ、立ち込める。水温は6.3℃だ。悪くない。 軟らかい8.3ft竿を継ぎ、ラインに結ばれたVIBのルアーを点検した。「頼のんまっせ」と願をかけた。ひょいと投げると、ドボンといい音を発して着水した。底を引いてくる。1投目、2投目は魚信なしに終わった。そこで上流の薄茶色の渦巻の中にルアーを落とし、一度しゃくったところ、明らかに生物の動きを竿先の振動が伝えてきた。ルアーが急に上昇したので魚がたまらなくなって食いついたのだ。ひさしぶりの手ごたえに喜んで、三度も追い合わせを加えた。 イトウはしばらく姿を見せなかった。特別の大物ではないが、そこそこの型であることは手応えでわかっていた。浮上した魚は、80pを切る体長だが、肥っていた。ラインは20ポンドでこの魚なら切れない。 渕の端の砂地に立つ私は移動することはできないが、扇の要の位置にいて、ラインを徐々に縮めつつあった。ラインの張力を弛めることなく、ネットですくえる距離までもちこんだ。しばらくイトウを釣っていなかったので、ひどく慎重に引き寄せて、大事にネットに収めた。 イトウは75p・4.1kgでやや灰色がかった良型であった。VIBのルアーを下から食いあげた証拠に、腹のフックをくわえていた。 その日は雨が降りつづく予報だったので、増水する前に大場所へと急いだ。さすがに雨の中で竿をふる先客はいなかった。流れが大きく方向をかえる大場所に立った。ここはひところまったく釣れない釣り場になったが、巨大な泥炭が座礁してから再びイトウが付くようになった。 間違いなくイトウはいるだろうピンポイントを狙った。数投目のピックアップのとき、追いかけてきたイトウの頭をしっかり見た。そこで同じ場所にキャストして、べた底を引いてくると、水面直下でガツンとしっかり食った。こんどは軽い魚だったが、ばらさないように、直径80pもあるタモですくった。イトウは61pであった。 2匹のイトウを釣って気持ちの余裕が生まれたので、大河へと遠征した。川は案外おだやかでほとんど波がなく、水は非常に澄んでいた。2時間ほど無心になって、大きなプラグを投げつづけたが、魚信はなかった。 午後はまたホームリバーに舞い戻った。合流点で1匹掛けたが、フックが外れてしまった。 その日はしぶとく川に張り付いて粘ったが、川は増水してだんだんと泥濁りとなり、流木が漂い釣り場の条件は悪化する一方であった。11月がボウズで終わらなかったことを釣りの神さまに感謝しながら、稚内に帰還した。 |